安東 加菜江

 私は最近、人の命について考える機会が以前より増え、生きてい
るということはとても幸せなことだと感じる。

 平成二十三年三月十一日午後、東日本大震災が起こった。この地
震が起こったとき、私は友達と「今の楽しい時間が続けばいいね」
と笑って話していた。その後担任から地震があったことを聞かされ、
今の楽しい時間がずっと続くことは保証されていないと知った。
まだこの時、震災の大きさを実感していなかったが、大分県にも
津波警報が入り、一部避難している所もあった。今まで生きてき
た中で、こんなに地震の恐ろしさを痛感したのは初めてだった。
帰って急いでニュースを見てみると、悲惨な映像ばかりが流れて
いて、同じ日本なのかと疑うくらい変貌しており、唖然とした。
私は九州に住んでいるから、実際どのくらい揺れたかは分からな
い。しかし、被害のあった地域では、この地震で一瞬にして多く
の命が失われ、命はなんて脆くて儚いものなんだろうと思った。
画面越しからでも伝わる「生きていてほしい」という思い。子ど
もを捜している家族。このような映像を見ると涙が溢れた。もう
二度と会えない、そう分かっていても諦めない現地の方々。本当
に悲しくなった。それと同時に、今までの自分を見つめ直すこと
ができた。

 ごく平凡に当たり前だと思って過ごしてきた十七年間に、もっ
と感謝すべきではないかと感じた。いつ何がおこってもおかしく
ない今、命に限りがあることを知り、自分のできる最大限のこと
をしていこうと強く感じた。また、私を支えてくれている家族や
友達にもっと感謝していこうと思った。大切な人は失ってからで
は気づくのは遅い。と強く感じ私に関わる全ての人が当たり前の
存在ではないことを常に意識していかないといけないと思った。
今回の地震のように、自然の力によって多くの方々のかけがえの
ない命、そしてこれからの未来が失われる人もいれば、可能性の
ある未来を自ら絶ってしまう人もいる。

 たとえば、つい最近、女子高校生がネットサイトによるいじめ
で自宅マンションから自ら命を絶つという出来事が起きた。私は
この出来事を同じ高校生という立場から、そして私たちにとって
も身近であるネットが関係しているということで、自分のことの
ように心に響いた。このようなことは絶対にあってはならない。
この自殺した子のことを考えるととても苦しかったと思う。もし
も自分ならば誰にも相談できずに、学校だけでなく、外に出るこ
とも怖くてできなくなりそうだ。いじめた人たちを絶対に許せな
いし、それを知ってて彼女を助けなかった人たちも憎い。しかし
自殺した子も自ら命を絶つという最も最悪な道を選択しなくても、
もっと他に方法があったのではないだろうか。家族や友人が少し
でも彼女の異変に気づくことができたなら、少しでも彼女の気持
ちを真剣に聞いてあげていたなら、彼女はまだこの世にいること
ができたはずなのに。そう思うと、悔しくてならない。ここまで
追い詰めた人たちにも責任はある。しかし周りの人たちの支えや
助けがあったなら、彼女は自分自身を殺さないですんだのではな
いだろうか。

 私は、この出来事で、もっと人の支えになることができる人に
なりたいと感じた。私が少しでも相手の話を聞いてあげるだけで、
相手の気持ちが落ち着くのであれば、その人の傍にずっといて支
えたいと思った。また、私が近くにいて相手が笑顔になれるなら、
ずっと一緒にいたいと思った。このような出来事が少しでも減る
ために、私は自分のできる最大限のことを行なっていきたい。

 人が招いた事故で亡くなる人もいれば、自ら命を落とす人、自
然の力で亡くなる人等大勢いる。私はこの十七年間、両親から大
切に育てられ、なに不自由なく生きてきて、あまり命の大切さに
ついて十分理解する機会が少なかった。しかし、今回の地震や自
殺から、初めて現実的に命の大切さについて考えることができた。
人は支えあって社会が成り立っている。私自身も、家族や友達、
数多くの人によって支えられ生きることができている。そして私
は、その支えあっているものは、お互いの命ではないかだろうか
と考える。私はこの命を、自分一人だけの命ではなく、周りみん
なの命と思い大切にしていきたい。また、もっと多くの人々の命
を支えていきたい。生きていることに感謝し、命が自然に止まる
日がくるまで、いつも前向きに人生を歩んでいきたい。







                                 小八重 佑果

 東日本大震災から約五ヶ月が経ちました。震災が起きたあの日、
学校から帰って、ニュースで見て知ったとき本当に驚きました。
テレビの映像があまりにも衝撃的ですぐには信じられませんでし
た。今、同じ日本で現実に起きているのだということを、実感で
きませんでした。というよりも信じたくはありませんでした。

 この大震災で、日本は多くのものを失いました。長年住みなれ
た町や家、家族や友人との思い出の品、そして多くの命です。私
は、被災された方がインタビューに応じている姿を見るのがとて
もつらかったです。涙を流しながら、その時の状況や今の心情を
話している姿がとても痛ましいものだったからです。当然ながら
もどのチャンネルでも、震災のことだけでした。日本が深い悲し
みに包まれてしまったように感じました。

 私は、あるニュースで見た、今でも忘れられない映像がありま
す。それは、裸足の女性が赤ちゃんを抱いて泥まみれになってい
た姿です。その女性の表情は放心状態のような感じでした。です
が我が子をどうにかして、守ろうとする強い思いを感じました。
また、自分はどうにか避難所につき助かることができたのに、ま
だ避難できていない人達を心配し再び戻ったせいで、命を落とし
てしまった人もいたようです。現代社会は自己中心的なものの考
え方をする人、自分さえよければいいと思っている人がかなりの
割合を占めていると思っていましたが、今回のことでそんなこと
はないのだと思い直しました。自分の命や家族の命さえ助かれば
いいと思うのではなく、今同じ苦しみに立たされている人達を一
人でも多く助けたいのだという強い絆と人間のもつやさしさを感
じました。

 現地で被災された方だけではありません。日本中の多くの人が
何かしなければならない自分にできることは何だろうと考えまし
た。そして行動に移し、被災地に行ってボランティア活動をした
り、少しでも快適な生活が送れるようにと手助けをした人もいま
す。被災地に直接行くことはできなくても、募金などをすること
により、少しでも力になろうとした人もいます。私も自分にでき
ることをすこしでもしたいと思いました。節電は意味がないと言
われましたが、節電せずにはいられませんでした。学校で呼びか
けていた募金活動にも参加しました。大きな声を出して少しでも
だれかの役に立ちたいと思いました。道行く人たちもみんなが募
金に協力してくれました。お店の前で活動していたので、お店に
入るときと出るとき、二回も募金してくれる人や、びっくりする
ほどの大金を入れてくれる人、貯めたお金を缶ごと渡してくれる
人もいました。募金箱が重くなるたびに、とてもあたたかい気持
ちになりました。自分達の募金活動は午前中だけだったのですが、
たくさんの人のやさしさのその思いを募金箱いっぱい私の心いっ
ぱいにいただきました。帰る途中他の学校の生徒さんが違う場所
で募金しているのを多く見かけました。みんなが遠く離れた所か
ら役に立ちたいと思っているのだと実感しました。ここにもまた
絆を感じました。人の悲しみや痛みを自分のこととして感じる心
を私たちはもっているのです。本当はもっと、社会で日本でアピ
ールすべきです。私たちは本当はやさしいのだと、人の心の痛み
がわかるのだと。

 この東日本大震災で多くの悲しみが生まれました。津波の恐怖
や、地震の恐怖、なにもかも奪われてしまった悲しみ、何も経験
していない私には、被災された方の苦しみを十分には理解できな
いと思います。それでも、テレビに映された、まるで戦争でも起
きたかのような、すさまじい津波や地震の跡を見て、私の心の中
に大きな変化が起きたことはまちがいありません。たしかに心を
動かされ自分にできることを何かしなくてはいけないと思いまし
た。

 そしてこれから日本が一歩ずつ前に進んでいくには、一人一人
の力が必要なのです。なでしこジャパンが被災地へ大きな勇気を
与えただけでなく、日本中を元気にしたように、もっと日本を明
るくしていく義務を私たちは背負ったのです。この震災を乗り越
えるためにがんばるのは被災地の人だけではないのです。この苦
しい時だからこそ、日本の強さや絆を信じるのです。これは短期
戦ではありません。長い道のりのつづく戦いなのです。ですから、
これからの将来を担う私たちが真の勉強をして日本の復興の原動
力にならなければなりません。私も本気で勉強をして社会に役立
てていきたいです。