日田地方で よく耳にする仏事の質問に
          私的にお答えします
      参考資料 「宗定日蓮宗法要式」「日蓮宗電子聖典」
           「いざというときのOK大事典」世界文化社
           「日蓮宗の戒名の理論と実際」

Q 「50年忌には紅白のお餅と鯛を用意しなくちゃいけませんか?」

A 日田市近郊で、時々聞かれる質問です。
  要旨は「50年忌は法事の納めだから、それが出来る(今そういう環
  境をいただいている)ことに感謝する意味で紅白のお餅と鯛を用意
  しなさい」といわれるようです。確かに、先祖に感謝し、現在ご法事を
  できる環境にあることをありがたいと思うことは大事です。とはいっ
  ても仏事ですから、お祝いに当るとは思いません。まして結婚式のよ
  うに鯛を用意する必要は全くない、と思います。

Q 葬儀出棺の際にお茶碗は割るものですか?

A 「故人が生前愛用していた一膳飯のお茶碗は割るもの」だとばかり
  思っていましたが、ネットで「葬儀や出棺」を調べても茶碗を割ると
  いう項目はありません。そういう風習が他所には無いということで
  しょうか?日田地方では普通に行っていることですが。
   なぜ割る風習が出来たのかを考えてみると@如何に愛する者で
  あっても、その魂の帰るところはこの娑婆世界ではなく本佛釈尊の
  御許(ココでご飯はもう食べられない)と思ってもらうようにA割る
  本人も死を受け入れられるように、ではないかと思います。宗旨によ
  って違うと言うよりも、地方の習俗と考えた方が良いと思います。
   私は割ることをお奨めしています。

Q ご法事の御斎では献杯・弔杯どちらが正しいのですか?

A インターネットで調べてみると、「弔杯」は一般的に使われる言葉では
  ないようです。「献杯」も最近使われるようになったようで、これを尋
  ねた方も7・8年前から福岡で「弔杯」と言い、日田市郡で「献杯」と言
  うようになったと言います。敢えて言えば、「弔う杯」は葬儀直後に、
  「献じる杯」はご法事の挨拶の締めとして使うのかなと思います。
   但し、ネット上で「浄土真宗では使用しない」と書かれていますので
  ご注意ください。理由も書かれていますが、私にはよく理解できません・・・

Q お仏壇はどのように置くのが良いのですか?

A 《場所》 その家で一番環境の良い場所に置きます。@背中合わせに
  水回りの台所やトイレが無くA階上を人が踏まずB日当たりが良く
  Cお参りしやすい場所を選んでください。神棚を祭る時には、別の部
  屋に・向き合わないようにしてください。
  《向き》お曼荼羅の向きから言えば、仏様が東を向いている(人が西
  を向いてお参りする状態)ように安置するのが良いです。どうしても
  その向きに置けない時は、北向きにならないようにしてください。仏
  様は明るい場所を好みますので、出来れば朝お参りされる時にライト
  (小さい蛍光灯で可)をつけ夕方消すようにしてくださると良いです。

Q お葬式の時につける戒名にはどんな意味があるのですか?

A 「そもそも、戒名とは『受戒者であることをあらわす名』という意味で
  あり、仏教に帰依した者が、師と仰ぐ人に就いて所定の戒律を受け、
  これを生涯実行することを誓約した時に授けられる名である。(中略)
  転義としての『戒名』とは、受戒式の有無にかかわらず、存命の檀信徒
  はもちろん、未信者であっても、すべての死亡者に対して、僧侶から
  授けられた『死後の名』である」と言われています。
  『日蓮宗の戒名の理論と実際』(戸田浩暁著 山喜房仏書林発行)

   私は@生前の性格や生き方が反映されて故人を偲べA遺族が生
  きていく規範になるような法名であって欲しいと思い、お礼参りでも
  そう説明しています。ただし、故人をあまり知らない場合もあります
  ので、遺族に性格などをお聞きすることもあります。
   日蓮聖人は『一代聖教大意』で、宝塔品の「これすなわち勇猛なり 
  これすなわち精進なり これを戒をたもち 頭陀を行ずる者と名づく」
  を引かれ、戒を持つ意味を述べられています。
   妙榮寺では平成10年6月から成人は全員九字戒名を授与するとしま
  した。位号といわれる信士・信女・居士・大姉の別があります。私は、基本
  的に信士・信女を授与し、居士・大姉は仏様への推薦状或いは本人への
  感謝状としての意味を与えています。勿論戒名料はありません。

なぜ日蓮聖人は本堂の真ん中に安置されているのですか?

  答えは別紙に

Q 年内に不幸があった場合は、翌正月の鏡餅のお飾りなどしてはいけ
  ないのですか?


A 年賀欠礼のご挨拶を出していざお正月が近くなってみると、さてど
  うしたものやらと思われる方は多いようです。お正月を迎えること
  は一年の初めの節目をお祝いする行事、年賀欠礼のご挨拶はお祝
  い事を差し控えたいという趣旨です。新しい年を迎えられた喜びを
  共に祝うことは誰に遠慮することも無いとは思いますが、気になる
  方は例年より控えめにお飾りすることをおすすめします。「いざとい
  うときのOK大事典」には服喪の期間が次のように記されています。
  「明治7年にまとめられた『服忌令』によれば、父母や夫の死に対する
  服喪期間は13か月、夫の父母、父方の祖父母が150日、妻、子、母方祖
  父母、兄弟姉妹、孫などの喪に服するのは90日」

Q お仏飯はいくつあげるのが本当ですか?私は仏様とご先祖と
  2つあげておりますが。


A お仏飯の意味合いは、@ご本尊に奉って報謝の供養をつとめる
  A無縁の霊に対して布施するB自分が食事を頂くにあたってま
  ず、お初穂を捧げる心待ちをあらわす、というところからきてお
  ります。朝茶湯と共にお供えし午後下げねばならないという決ま
  りは、釈尊在世の教団における戒律「僧祗律」中の食事の決まりか
  らきている、そうです。
  序品第1には(1−44)「あるいは菩薩の 肴膳飲食 百種の湯薬を
  仏及び僧に施し」とあります。
  ですから、@ご本尊A無縁の霊B先祖という意味で最低2つ、出来
  れば3つあげるのが良いでしょう。 

Q お塔婆はなぜ立てるのですか?

A お釈迦様在世にも、祇園長者は爪と髪を頂戴して釈尊不在の時
  それを安置した塔をお釈迦様にすると同じように供養された、と
  記録にあります。釈尊滅後、各国にその舎利が分けられ、地元の
  分と合わせて10の仏舎利塔が建立されました。方便品第2には
  (2−79)「乃至童子の戯れに砂をあつめて仏塔とせる かくの
  ごとき諸人等 みなすでに仏道を成じき」と。法師品第10には
  (10−21)「もしは経巻所住の処には みな七宝の塔を起て 
  極めて高広厳飾ならしむべし」とあります。そこで、お釈迦様や
  日蓮聖人、先祖や水子のために塔を建ててご供養するのです。
  ストゥーパが語源で卒塔婆と翻訳されました。

Q 「四十九日忌が三月(みつき)に架かると悪い」と聞きましたが?

A 忌み言葉として「みつき」が「身につく」として嫌われ、「友引に
  お葬式をしない」という考え方と同義です。五七日忌と一緒に供
  養するなどして、(忌中は仕事を控えるので)早く忌が開けるよう
  にするために言い出したという説もあります。
  
  最近「忌中」と書かずに「還浄(げんじょう 浄土へ還る)」と書くよう
  指導している宗旨もあるようですが、個人的には言い換えすること
  によって、死を隠すことは無いのではないかと思います。
  人間いつかは死ぬ。どんなに親しく交わっている者どうしでもこの世
  での別れがある。この世での別れを徐々に受け入れる儀式として
  七日七日の供養があるのですから。  
  広辞苑では「忌中」とは近親に死者があって忌(いみ=不浄を避け
  て慎むこと)にこもる期間。「喪」とは死亡した人を追悼する礼、人の
  死後その親族が一定期間世を避けて家に篭り身を慎むこと、とあり
  ます。
  
  関連して 「六耀暦」は明治時代に太政官布告で迷信として用い
  てはならないとされたが、復活している。意味のはっきりと分から
  ないものを使うことは、差別につながるとして廃止しようという
  運動があります。
   

Q 線香は何本立てるのが本当ですか?

A 法華経には170回ものたくさんの香という字が出てきますが、本数
  に関しては記載されていません。そのうち、法師功徳品第19には
  計79回記載があり、香りをかぐことを聞香というと書かれています。 
  一番多いのは塗香・抹香・焼香ですが、線香という字はありません。
  「宗定日蓮宗法要式」では導師に関してのみ、焼香は3回(香は心気
  を澄静ならしむものであるから、良い薫りのものを用意すべきである)
  と定められております。私自身「三本は仏法僧の三宝に供養するもの」
  と教えられ、またそう指導してきましたがどうもそうではないようです。
  蓋付の香炉の場合は横にするとも書かれています。
  ですから「本当の答えは無い」のです。良い薫りのものをご用意し、
  1〜3本お立てください。お通夜などたくさんの方がお参りするような
  場所では煙が立ち込めてけむい場合があります。そのような場合は、
  各自1本づつ心を込めてお供えください。
  尚、左手はインドの習慣でトイレの紙の代わりとして使うことから不浄
  として嫌われます。焼香の場合は、右手をお使いください。左利きが嫌
  われるのも案外理由はそこなのかもしれませんね。