市内に点在する御題目塔の場所や由緒等をお伝えします。
 名称の内、《一字一石塔(いちじ いっせき とう)》とは 
 法華経約7万字を一石に一字づつ書写し、下部に納めている
 塔のことを言います いろいろな願いを込めて造立されて
 います
 この塔のほかに日田市内で所在をご存知の方は、当方まで
 ご連絡いただくと幸いです。

N
 

 

所有者 堺 和彦様
名 称 お題目塔
所在地 日田市日の出町
大きさ 総高さ 2.35m 4段  棹高さ125センチ 
目 的 堺家先祖代々之霊追善供養
正面   南無妙法蓮華経 堺家累代之霊供養
左脇  明治四十一年四月八日
右脇  造立之 堺藤作 
建立時期 明治41年4月8日
  石工



M
 
 

所有者 森 重雄様
名 称 お題目塔
所在地 日田市南部町
大きさ 総高さ 2.1m 6段  棹高さ130センチ 
最下段は88cm四方
目 的 有無両縁追善供養
正面   南無妙法蓮華経
右側面  有無両縁追善供養
左側面  功徳主 森 林作
裏側   大正3年6月18日
建立時期 大正3年6月18日
石工



Lこの塔は個人の所有です
  

所有者 圓川 亮一郎様
名 称 お題目塔
所在地 日田市丸の内町 大超寺横
大きさ 総高さ 2.91m 6段  最下段は132cm四方
目 的
正面   南無妙法蓮華経
右側面  明治十年丁巳三月廿八日
裏側   功徳主 圓川常助
建立時期 明治十年丁巳三月廿八日
石工


 Kこの塔は個人の所有です
  

所有者 森山 杉夫様
名 称 お題目塔
所在地 日田市大肥本町
大きさ 4段
目 的 金次郎さんが孫の芳雄さんのために築造
正面 南無妙法蓮華経 
建立時期 大正4年4月28日 立教開宗の記念日に
石工 宝珠山の伊藤秀


Jこの塔は個人の家所蔵です
 

所有者 櫻木 良雄様
名 称 お題目塔
所在地 日田市石井町2丁目497 当山に移築
大きさ 棹高さ93cm 横34cm 4段
目 的 元々この土地にあった墓地に埋葬されていた霊が
改葬により粗末に扱われ、当時の先祖に祟るように
なったので、合葬の形で供養するようになったもの
正面 南無妙法蓮華経 
右面 元禄三年七月〜享保六年まで4名の法名
左面 大正五年七月 櫻木善平建立
建立時期 大正5年7月

良雄さんの記憶では、「子供の頃、この塔のすぐ後ろにスモモがあって、実
のなる頃は塔を足場にして採っていた」そうです。


Iこの塔は鈴連町、旧南小野小学校の上にあります。
  
           正面          裏面

所有者
名 称 一字一石塔
所在地 日田市鈴連町下小竹バス停前 
大きさ 棹高さ141cm 横100cm 正面より見て3段
目 的 地区に蔓延した病気が祈祷によって平癒されたのを記念して
正面 南無妙法蓮華経 一字一石塔

裏面 願以此功徳 普及於一切
   明治十六年四月二十八日建 三光山第二世日耀
            下小竹中 外○○人
             ○本清作
             井上作治
   我等與衆生 皆共成佛道
建立時期 明治16年4月28日


Hこの塔は慈眼山下、慈眼山 永興寺の元住職 寺村家の庭にあります。
 
旧慈眼山 永興寺の参道脇より

所有者 慈眼山 永興寺
名 称 法華経塔(正面)
所在地 日田市城町2丁目 
大きさ さ 86cm 2段
目 的 不明
建立時期 不明

Gこの塔は日田市を一望する慈眼山上にあります。
 

所有者 慈眼山 永興寺
名 称 一遍首題の塔
所在地 日田市城町2丁目 
大きさ 総さ 約150cm 棹約102cm 尺四方
目 的 右面 心正院妙浄日行依遺言 干時 
   文政四年辛巳七月建立之
正面 お題目 東都究竟山 日遵
左面 武州江戸住 服部権六平殷受
建立時期 1821年7月

東都究竟山は、東京都台東区谷中に現存する「究竟山 妙情寺」を指す。
同寺第23世が諦審院日遵上人で、この塔の御題目を認めた方と推測さ
れる。同寺境内には民政家として有名な、天領日田代官塩谷大四郎正義
の墓があるという。よって、その縁によってこの地に建立されたと考えら
れる。(心正院の遺言という文字があるが、大四郎は1836年没なのでこ
の碑は在世のものであろう)

Fこの塔は城山の市営駐車場の奥にあります。
 

所有者 不詳
名 称 略曼荼羅形式
所在地 日田市丸山町 城山裏
大きさ 総さ 118cm 幅55cm
目 的 この地は元代官所の堀であったので、水難者の慰霊のために
建立されたと伝えられている
建立時期 安政二歳(1855)卯七月十六日

E中城の市道脇にあります。
 

所有者 硴水 武彦様
名 称 一字一石供養塔
所在地 日田市中城町6−331
大きさ 総さ160cm 棹 98cm
目 的 表 日蓮聖人の御題目(写し)花押
裏 万延元年九月十二日造立
  一字一石供養塔
  信者中 施主彦右エ門
左 天下泰平国家安全 五穀成就万民快楽 
建立時期 万延元年(1860)9月12日

Dこの塔は竹田公園のプール脇にあります
 

所有者 旧妙昌寺 現在竹田公園内安置
名 称 一字一石塔
所在地 日田市若宮町4 竹田公園内市営プール横墓地
大きさ 総高さ 290cm 棹 170cm 台120cm 4段
目 的 (棹裏面) 明治四十年丁未仲秋有縁無縁有志相謀修
法会於銭渕松原新宝塔之下妙法華経八巻即六萬九千
三百八十四字必一石写一字悉沈于河底以祈溺没変死
者冥福
(左面)天長地久国家安全(右面)一天四海皆帰妙法
(台座)御神木移転の際に
建立時期 明治40年 昭和5年7月25日改装
発起人 加藤龍禎 千原半吉 古賀安太 草野徳太郎
冨安平太郎 千原虎太 清メ寳l 山口弥六
渡辺芳太 野田弥太郎 藤木政次 松屋忠七
世話人 森嶋繁太郎 古賀庄七 高瀬栄吉 江藤源太郎
井福時三 南良一 藤木平次
石 工 清水甚吾

 三隈川で溺れ死んだり変死者があったり・・それで、法華経を書写
して川底に沈め、冥福を祈った。当地に御神木があってその跡地に移転。
 このあたりは、昭和28年に大水害があって川の様子が一変したと
言われています。中州があって草競馬場もあったとか。墓地はその水
害後、一箇所に集められたようです。

C

所有者 旧妙昌寺
名 称 一遍首題の塔
所在地 日田市淡窓1−4−25妙榮寺境内 立教開宗記念碑裏
大きさ 棹160cm
目 的 不詳 (表)寛通院日如上人の御題目
    (右横に)光勝寺
建立時期 明治16年9月22日

B

所有者 妙榮寺
名 称 一字一石塔
所在地 日田市淡窓1−4−25妙榮寺境内 立教開宗記念碑裏
大きさ 総高さ 160cm
目 的 本堂前石畳布設記念 三光山看主 姫野泰運
          功徳主   森山幸平
建立時期 明治37年4月8日
その他 石工 川上春市

A
 
正面                 裏面

所有者 妙榮寺
名 称 お題目塔
所在地 日田市淡窓1−4−25妙榮寺境内 本堂向かって左
大きさ 総高さ 280cm  棹175cm
目 的 立教開宗700年記念
正面 日蓮聖人曼荼羅の御題目(写し) 花押
台字 立教開宗700年記念
裏面 四海帰妙末法広布 その他由来を刻むが
   はっきりと読めず
建立時期 昭和27年4月建宗会(28日)

@
  
 山門側より        正面           右側面

所有者 妙榮寺
名 称 一字一石塔 
所在地 日田市淡窓1−4−25妙榮寺境内 山門向かって左
大きさ 総さ 300cm 棹 175cm×46cm
目 的 正面 お題目 裏面 本堂造立之際祝永昌建立
右側面 一天四海皆帰妙法
左側面 天長地久国土安穏
建立時期 明治18年4月28日
その他 石工 高瀬村 宇野友七