2011.11.20号

「人権を考える」                              中島源吾

あらためて問う、為政者と人権   

 日本では、毎年八月になると、テレビや新聞は一斉に太平洋戦争とそれに
先立つ軍部独走の時代をさまざまな角度から取り上げ、核兵器廃絶を訴える
のがならいとなっている。

 今年はそれに東日本大震災がらみの番組や記事が目立った。おびただしい
人々が一斉に新盆を迎える「祈り」についてであり、人々が明日に向って立ち
上がる様子を紹介するものが目立った気がする。

 それと、東京電力福島第一原子力発電所の大事故であろう。

 だが、私が釘付けになったのは八月六日、NHKから放送された原爆関連の
番組だった。戦後六十五年がたって初めて明らかにされた驚くべき情報を伝え
るもので、戦時中、陸軍に特殊情報部という組織があり、もっぱら米国の電波
情報を探っていた。ついにテニアン島を基地とする日本への原爆投下部隊を
突き止め、搭載機B29のコールサインまで特定したというのだ。

 八月六日、広島に向けて飛び立った原爆搭載機を投下六時間前にはキャッチ
し、上層部に緊急連絡した。長崎の場合は投下五時間前に通報が行われたと
いう。

 だが、いづれの場合も住民への避難命令や迎撃部隊への撃墜命令は出さ
れなかった。血も凍る思いである。

 当時の軍部指導者は国民の命を軽視し、事実を隠蔽することしか考えなかっ
たというのだ。では、今回の福島原発ではどうだったのだろうか。

 日本政府は炉心への海水注入や予備電源確保などの緊急対策を放置し水素
爆発を招いてしまったばかりではなく、放射能拡散地域を正確に予測するシステ
ムをはじめ、様々な情報を持っていたにもかかわらず、これらを公表せず、また
自治体が備蓄していたのに住民の無用な体内被曝を防ぐヨウ素剤の使用も求
めなかった。

 あれから八か月。依然として情報開示は部分的であり、遅い。日本が憲法で
人権を全面的に保証して六十年以上の歳月がたっている。この現実にただ
言葉を失うばかりだ。