No.44
2月28日(火)曇り

 フィギュアスケートのジャネット・リン選手って知ってますか?1972年の札幌オリ

ンピックで、彼女は『Peace+Love愛と平和を!』と、選手村の自室の鏡に書き

残しました。そして、銅メダルを獲得した彼女は日本中の賞賛を浴びています。この

頃、ベトナムでは戦争があって、1975年4月まで続けられました。泥沼のような戦

争と形容されたベトナム戦争で戦う同世代の若者へ「平和と愛」を贈りたい。そんな

願いが彼女にはあったのでしょう。願いは叶うものではなく、叶えようとする意思と

行動力が大事であるとも教えてくれます。祈りは、人間に与えられた大きな力です。


 
2月27日(月)晴れ

 割りと落ち着いた感じの女性の声で、「ちょっと伺いますが、神社なんかの御札、

そちらでも処分していただけるんですか?」との電話。檀家さんじゃなくイワユル一

見の方なのだろうと想像した。「もちろんお札は当寺でも受け付けていますが、神

社のお札だったらそちらにお礼参りに伺って、頼まれてはどうでしょうか?」と言う

と、あっさり「あぁそうですね。」と言って切れた。祈願をされて頂いた御札は、「あり

がとうございました」と神仏にお礼を言上してから、御札の処分をお願いするのが良

いです。効果があったときには特に念入りに、そうでない時は・・・当寺にご相談く

ださい (~o~)



 同じようなことで 初七日のお斎に座って雑談中に 「そ〜いや、あんたたち!火

葬場から帰るときちゃんと『今から家に連れて帰るよ』っておじいちゃんに言った?」

と奥さんが旦那連中に聞いている。「そげなこと言うたっちゃ、もう遅いバイ!あんた

が言うてくれたっちゃろうもん、一人でも言えばイイが!オヤジもちゃ〜んとわかっ

ちょるって。」と、急な口撃に旦那もしっかり切り返していた。

 特に、事件や事故で亡くなった方を現場から家に連れ帰るときには、お経をあげて

供養するのはもちろんだが、普通のワカル言葉で呼びかけるのが良いと言われてい

る。難しく考えず、共有していた言葉で、優しく呼びかける。生きている人にそうする

ように・・・



2月26日(日)雨のち曇り

  「思ったよりもひどいですね!普通、6段階で3〜4

の人が多いんだけど、スギアレルギーは振り切れてますよ!」 お医者さんがそう

いうから、ちょっとうれしいような気が・・・ こならが3、ひのきが4で、ナンにでも反

応するっていうこと。今年の花粉は少なめだと予想されていたが、平年並みにはあ

るという。薬が効いて鼻やのどはだいぶ楽になったけれど、頭の芯が(なんて言っ

ていいのか)ワラワラして、気持ちが悪い。

 Sさんには、「花粉症には、土筆が一番。すぐには効かんけど毒は毒で制する気

持ちで一生懸命食べたら、体質が変わったのか今年はほとんど出てません。採り

に行ったり、はかまを取るのが大変だけど、やってみませんか?山国や玖珠に行

ったらそこらじゅう生えてるとこがありますよ。」と言われた。薬を飲むか、ツクシを

食べるか・・・それが問題だ。


 月参りに伺って、九条改悪反対の署名をお願いしている。「私は、女学校1年の

時終戦を迎えました。絶対戦争には勝つって教えられて信じてましたね。でも、戦

争になると弱い者が犠牲になるんですね。靖国に行っても沖縄に行っても、涙なし

じゃおられません。戦争は反対です。」と言いつつ、「外国まで行って戦争すると困

るけど、今の若い人には自衛隊で半年か1年体を鍛えてもらいたい!」とも言う。

同席していたお孫さんは、「・・・おばあちゃん!ボクが徴兵されてもいいんかい?」

と、ちょっと納得できない様子。

 体や精神を鍛えることは、よそでも出来ます。自衛隊はいざ知らず、軍隊では、

人殺しを教えます。精神が壊れるくらいにならないと、人は殺せないと言います。

ちょっと体を鍛えて・・というなまやさしさでは帰してくれませんよ。



2月25日(土)晴れのち曇り 夜は雨

 「テスト期間中は部活も休みだし、タカ○コの弁当作らなくていいから私もちょっ

と朝寝した〜〜い <m(__)m> よろしく!」と嫁が言うので、今朝の朝食は一人寂

しく(お供えだった)カル○ーのフルーツグラノーラ牛乳かけ。サジを握り新聞を読

みながら目に入った記事が西日本新聞の【コーンフレークで有名なケロッグ社が、

今月創立100周年を迎え、世界180カ国での売り上げ1兆円】という。似たような

モノを食しながら、毎日こんなものじゃイヤになるけどね・・・と思う。

 たしかに、「4つの穀物・3つのナッツ&シード・5つのドライフルーツ。食物繊維や

鉄分たっぷり。冷たい牛乳かけるだけ」だから、お手軽だし、おまけにスプーンま

でカップの中に入っているという親切さ。文句言うなら食べにゃいいのに・・・コーン

フレークは、保養所の所長だったJ・H・ケロッグ博士が療養者のために栄養豊富

な新食品を研究して生まれたという。


 そのアメリカでも今は、伝統的日本食が健康食品として大注目だというのだから

面白い。私がサジを握ってお手軽グラノーラを食している時、海の向こうではおはし

で豆腐や納豆、味噌汁を食べる人がいるわけだ。



 お昼が、檀家さんの家でタコの膾(なます)・鮭のかす汁・味ご飯だったのは、幸

いだった。美味しかったし・・・合掌


☆ 納豆といえば、、あの平原綾香は特製「納豆トースト」大好きだそうですね。


 
2月24日(金)快晴

 トリノオリンピックでのメダル・・・おそらく最初で最後の、まさにワンチャンスをモ

ノにしたんでしょうね、日本。おめでとうございます。悲壮感さえ漂わせながら、精

神面が弱い、と自戒しつつ戦った(演技した)選手の皆さん、お疲れ様でした。終わ

りよければ全て良し、です。(・・・おっと、まだ競技は3日あるらしい)国威発揚では

ないと思いつつ、やっぱり勝てばすなおにうれしいです。

 果敢に4回転にチャレンジしたミキティこと安藤美姫選手の「最後まで笑顔で演

技したかった・・」や、里谷選手の「今日がオリンピックの当日だとは分かっていた

が・・」という敗者の弁は、意味深です。失礼な言い方をすれば、人生の最後臨終

を迎えた時の、私たちの心の持ちようを語るかのようにも聞こえてきます。若いの

にね、苦労してるんですね。



 ところで、仏教にも五輪はあります。

(1)「五輪五体」と言う場合、両臂・両膝・頭の五箇所が円形であるところから、五

  体のことを五輪という。

(2)密教の五大をさしていう。即ち地大・水大・火大・風大・空大。地大は方形で黄

  色、水大は円形で白色、火大は三角形で赤色、風大は半月形で黒色、空大は

  宝珠形で青色。これは大日如来の三昧耶形で、五輪塔婆はこれを表したもの。

(3)金剛界の五智如来の住する五大月輪をいう。五解脱輪ともいう。

(4)「五輪三昧」と言う場合、地輪・水輪・風輪・金沙輪・金剛輪を五輪という。この

  場合、輪とは運転と摧碾の意味、三昧は正定という。即ち行者が禅定三昧を修

  習するとき、必ず勇猛精進して惑業を摧破し、浅きより深きに至り、凡より聖に入

  ること、これが輪の意味である。


 なべて「浅きより深きに至り、凡より聖に入る」これ五輪なり 





2月23日(木)晴れ

 枕経にうかがい、故人の事歴を書いてもらう段になって、「オヤジは学校どこね?

わからんからトーダイっちゅうことにしとこうか (^^♪」という言葉には、おもわず笑っ

てしまった。後生大事に抱えていくほどのものでないなら・・トーダイだろうが、京大

だろうがどことでも書いといてください。話の最中、お孫さんが、「おじいちゃんは、子

どもが好きやったよ!それも書いといて!」と言う。大事に可愛がったお孫さんたち

との別れは辛かろうが、そのお孫さんの記憶が後世の魂を生かしていく。

 後生とは「現世安穏 後生善処」(薬草喩品) 現世の安穏を願い、後世は善処に

生まれることを祈る。私たちの魂は、久遠の釈尊とともにある。





2月22日(水)晴れのち雨

  伊豆から見た富士山 

 気持ちのよい天気の中、仲間とのツーリングを満喫しているらしい二男から写真

入りメールが届いた。昨日の今日だから事故には気をつけろよ!と要らぬ忠告をす

る。元々飛ばさないタチだけど、やっぱり初心者、何があるか分からない。体で学ぶ

にしても、ほどほどに行き着くまでがちょっと心配。多分親なら誰でもそうだろうが、

自分のことは自分で始末するから・・と思い、子どものことになると「あいつはまだ子

どもだから」と思う。順繰りにそうやって子となり親となって、修行していくのだろう。


 思えば、我が師父は、本山修行から帰ってきたまだぺーぺーの私を一人前の僧

侶として扱ってくれた。なかなか出来ないことだと思うし、歯がゆいこともあっただろ

う。ほんと、一生修行ですね。


2月21日(火)快晴

 @1週間ほど前のこと、妻が「しゅん○君(子どもの友だち)の就職が決まったら

しいよ。」と私に話していた時、そのお母さんから電話がかかった。

A今日、「25日の予定表にある高瀬のKさん」が誰かわからなくて、捜さなくっちゃ

と受話器をとろうとしたら、当のKさんから確認のお電話をいただいた。

Bもひとつ今日、快晴のお天気につられてバイクに乗ったのはよいが、出先でバイ

クを倒してしまいあおりを食らって自分も1メートルほど下の畑に落ちる羽目に。二

男は、伊豆まで友だちとツーリングに行って、やはりバイクを倒した・・という。


 「同時性」で検索すると、「シンクロニシティという言葉で考察されている方のHP

があった。偶然というものはなく、全ては繋がっている・・・日蓮聖人の思想に近い。






2月20日(月)雨のち曇り

  当寺の梅もやっと一輪ほころびました。

 好きと嫌い  考えてみれば、有無を言わせない言葉である。好きだから、嫌い

だからしょうがないじゃない・・・それ以上発展しない文句であれば、坊さんは使う

べきではないね。


2月19日(日)曇り

 髪染めから帰った妻が、「あなたも○ナを試してみない?髪が生えるってよ!

美容院に写真が張ってあって、テニスの○○さんが写ってた・・ここらへんに試し

てみない?」と指差しながら言うので、「今さら髪が生えてもねぇ〜」とお返しする。

 その話を思い出して、ご法事の席でしだしたら、つい髪の薄い人のほうに目がい

って困ってしまった。向こうもチラッとこっちを見て苦笑いしていた。薄いとか無い

人は髪の話題はなるべく避けたいところだろう。髪の毛ひとつで印象が大きく変

わるわけだから、有髪の方々は苦労も多かろう。中には、坊さん以上にさっぱり

と剃っている人もうちの檀家さんにはいる。お見事!としかいいようがない。恋と

か出会いとかにあまり関係ない年齢になると・・・さっぱり系も、かえってもてそう

な感じがする。

 長髪のお坊さんよりも、さっぱりすっぱりテカテカくらいにしたお坊さんのほうが

わかりやすくて好き。今日は、二十四節気のひとつ、雨水の日でもある。




2月18日(土)晴れ

 山門の横にある掲示板には、日蓮宗新聞発行の日蓮聖人のお言葉が張って

あります。今月のお言葉は

   「(災いは口より出でて身を破る) 幸いは 心より出でて 我をかざる」    

                               『重須殿女房御返事』 です。

 昨日は、その掲示板のお言葉を書き写している女性がいらっしゃいました。私

たちの日常生活は、このお言葉の通り、分かっちゃいるけど出来ない日々の繰り

返し。だからこそ、書き留めて心にとどめていこうとしたのでしょう。


 昼からは、先日相談にみえたおばあちゃんのお宅に行って、息子さんも交えて

じっくりお話しました。お互いに求めるものは何ですか?優先順位の一番は?そ

れさえ分かれば、あとは捨てても良いのでは・・・というか、捨てなければ一家団

欒は得られないことを確認。2人の接着剤にはなれないけれど、腹を割って話せ

ただけでも良かったと思う。




2月17日(金)晴れ

 大法輪寺さんで今日取り上げられたニュースは次のようなものでした。

(毎日新聞) - 216163分更新より

<お葬式>カメラ付き携帯で最期の顔パチリ 困惑派・理解派

 お葬式の際、亡くなった人の顔をカメラ付き携帯電話などで撮影す
る人が増えている。葬儀関係者には「人の死を悼む気持ちが荒廃して
いる」と感じる人がいる一方で、「時代とともに葬儀も変わる」と受
け入れる人もいる。あなたは、最期の顔を撮影されたいですか?

 昨年7月、横浜市内の斎場。出棺前に花を詰め始めると、親族や友
人5〜6人がカメラ付き携帯で故人の姿を撮り始めた。同市の葬儀デ
ザイナー、出口明子さんにとっては初めて見る光景だった。故人と生
前から付き合い「本人の意思を尊重した葬儀」をサポートしただけに
「注意すべきか」と迷ったが、親族が何も言わなかったので黙ってい
た。翌月、私的に出席した葬儀でも同じ場面を見た。

 全国の葬儀社でつくる全国葬送支援協議会(総本部・東京都千代田
区)の斎藤浩司理事長(34)は「月に1度は見ます」と話す。「中
学生や高校生は『撮っていいの?』という雰囲気だが、30〜40代
の人は当然のように撮影する」と話す。香川県三木町の三木・長尾葬
斎組合「しずかの里」職員、長尾鉄夫さん(55)も「20〜30代
の若い人が『記録に残す』という感じで撮る」と話す。

 出口さんは「人を悼む気持ちが荒廃しているのでは、と気になる。
亡くなった方は死に顔なんて絶対に撮られたくないはず。撮影の可否
まで遺言を取ることも検討しなければ」と困惑。斎藤さんも「カメラ
が身近になり気軽に撮るのだろうが、心の写真を撮っておく(脳裏に
焼き付ける)のが一番」と話す。 一方、長尾さんは「葬儀に対する
考え方も時代とともに変化してきた。臓器移植が一般化し、遺体が神
聖不可侵なものとの考えが薄くなったのでは」と理解を示す。

 メディア社会論に詳しい評論家・武田徹さんは「対象を撮影し、他
者とともに確認しなければ
リアリティーが感じられなくなってい
る。葬儀も焼香だけでは満足できず、故人との確かなつながりを持ち
たいとの思いから撮影するのだろう」と分析。カメラ付き携帯などの
普及で何でも撮影する風潮に加え、現代人の感覚や死生観の変容とい
う社会背景を要因に挙げている。【稲田佳代】
             以上



 私も、写真は撮るべきでない派です。妻は、「よほど親しい人なら撮るかもしれ

ない」と言います。

 亡くなった方が若くて身内の方が別れを受け入れがたいような時には、誰も写

真を撮るような事はしないでしょう。いわゆる大往生といわれるような、送る側に

心の余裕がある場合に、写真を撮って記録としたいという気持ちが沸くのでしょう

が、心の中だけに留めておいたほうがきれいなままで残るはずだと思うんですよ

ね。デスマスクを撮ることが死者の尊厳を冒すかどうか?誰にでも見せるわけじゃ

ないから・きれいだからイイじゃない? 最後は、自分が撮られる側だったらどうな

のか、イメージするしかないのでしょうか。



 以前も書いたのですが、弔辞の無いお葬式というか読まれない葬儀は味気ない

ものです。生きてきた証が無い人はどこにもないはずなのに・・・まして、遺族がい

らっしゃる場合は、何か一言述べて欲しいと思う。家族の誰かが思い出の一言で

も述べて感謝と別れをして欲しい。その一言が言える日頃のつながりを築いていく

のが、人生であり家族だと思う。臭い話かもしれないが・・・お坊さんの場合は、徳

を讃える文章が必ず読まれます。だから私は、引導文の中にその方の生き方や暮

らしぶりを書いて、亡き人の人柄を偲ぶように務めています。写真を撮って記録と

するよりも、その人の生き方を思い出してくれたなら、魂は輝くと思います。

 先日も、「お父さん亡くなって何年になりますかねぇ。好きだったぁ、優しかったで

すよねぇ。」と、檀家さんからしみじみ言われました。死後20年経っても慕われる父

ですが、檀家さんの一言は私にとってうれしく厳しい励ましの言葉でもあります。




2月16日(木)雨
 
  今からお寺まで行列です


 県北寺院のご子息の帰山式に列席させていただいて・・・本堂の縁に座って、

厳しい修行を終えられた若上人を迎えたおばあちゃんたちの目に涙・涙・・どこ

の檀家さんもホントに良い人ばかりだなぁと感心する。そのうえ、今日は小中学

校時代の同級生も10人くらい、遠く延岡から列席していた。延岡からは車で3時

間くらいかかるらしい。お休みでもないし・・・会社休んできたんだろうか?凄いお

友だちばかりということになる。帰山式でこんなにお友だちが来ていることは、か

なり珍しいです。イイ人なんやろうなぁ若上人。若い人が集まってくるっていうだ

けで、なんか年寄りはうれしくなります。やっぱり、命のつながりを確信するんだ

と思うんですよね。うちのお寺は安泰や!先祖供養も安心!っていうことだけで

ない、ホッとするぬくもり。彼がそんな人柄をこれからも発揮するならばみんなが

喜ぶ輪ができる。がんばれ!



2月15日(水)曇りのち雨

 2月も半ばになりました。3月になったら、行事が目白押しだし忙しくなるぞ〜と

思ってちょっとあせる (-_-;) 一つ一つクリアしていかなければ


 今日も、おばあちゃんの家庭内争議のお話を1時間半聞きました。その中で、

スーパーで出会った見知らぬ女性の言葉が役に立ったと、私に言います。スー

パーの外にあるベンチに座ってちょっとお話した女性は、おばあちゃんの話を聞

いて、「息子さんに見送りや帰宅の挨拶してますか?気持ちがあっても口で言わ

ないと伝わりませんよ。」とアドバイスしてくれたらしい。毎日弁当は作っても、挨

拶したことはなかったという。それも不思議な感じだが、事実であるならば形に

気持ちを添えることは、人にできる最善の行い。おはよう、いただきます、ご馳走

さま、行ってらっしゃい、お帰りなさい、おやすみなさい・・・気持ちよく言いたいも

のだ。両方の話を聞かないといけないからと、おばあちゃんには息子さんもお寺

に来させてください、ダメなら家でお話しましょうと約束しました。話の内容から、

一挙に丸く収まる・・ということは望めませんが、歩み寄りの糸口を2人が求める

気になってくれればいいのです。


   

  一応「本命ですよ!」の手作りチーズケーキいただきました。40個以上作って、

いろんなところに「今から届けます!」と言ってた・・その気持ちがね、いい娘です。


 


2月14日(火)曇りのち雨

 身内だけの御通夜で、駆けつけたお孫さんが横たわる祖母を前にして、「なき

がらにさわってもいいか?」と、お父さんに聞いている。お顔を見るだけでなくそ

の指でさわってくれたら、おばあちゃんもたいそう喜ぶだろう。小さいときにおば

あちゃんがしたように、柔らかな肌にふれ、頭をなでてくれたように・・・皺があっ

ても冷たくなっていても・・・その手で触れ、声の一つも掛けてくれたら、「あぁ私

はこの孫や子どもたちをこの世に迎えるという大切な務めを果たしたんだ!」と

いう満足をもって、浄土へ永遠の命へ帰ることができるだろう。

 永遠の命の中にある限りある自分、それを知らねば宗教は始まらない。





2月13日(月)快晴

 

 Sさんが来て・・・♪マイ ハニ〜 バレン〜タ〜イン♪ と、我が妻と2人でチョコ

ケーキ作りをして行った。3時にコーヒータイムとなって、ちょこっとおすそ分けをい

ただいた。後で見たら、うちの内仏様にも大きなチョコケーキがお供えしてあった。

明日は父の月命日でもあるから、甘いもの好きだった父も喜んでいるだろう。



 土曜日に法事をされた方が、お仏壇に上がった小銭を袋に入れて、「この間の

奨学金の足しにしてください。」と持って来て下さった。そして、「この間の話の続

きがあるんです。」と言う。

 「両親が、かわりばんこに入院して、退院してからもすっかり弱気になって、何に

もしなくなってしまったんですよ。自分でできる事も全くしない。動けなくなると思っ

たから、つい一月くらい前、私はおやじとおふくろに『そんなだったら死ね!』と言い

ました。近くに住んでる姉にも、手助けしないように頼みました。そしたら、(私の気

持ちを察してくれて)自分で動くようになってくれてね。」 涙目になりそうな顔で、

ゆっくり話してくれました。親思う気持ちが言わせた言葉、なかなかです。日頃の

気配りがあるからこそ言える言葉ですね。苦いチョコのように、じわっと甘露の法味

が広がって・・・いいなぁ〜 




2月12日(日)晴れ

 「今日のご法事のお膳は何処のだろう?いつものところじゃないとイイなぁ・・飽

いたなぁ・・」などと不遜なことを思いながら谷筋の道を上っていくと・・・仕出屋さん

の車が2台、下りてくるのに出合った。1台目は予想の仕出屋さん。もう1台は地

元の店。「さぁどっちだ?」

 自宅に伺ってお仏壇の前に座ると、地元のお店の料理が並べてある。やったね!

と思いつつ、そ知らぬふりでお経をあげた。「本来ならば、もっとたくさんの親戚に

も来てもらうのが筋だとは思うのですが、今日はこじんまりと身内だけの法事にし

ました。申し訳ありません。」というお経の後の当主の挨拶。そして、「お見かけど

おりの料理ですが、どうぞごゆっくりと召し上がってください!」

 一人一人のお膳ではなく、鉢盛りと手作りの料理でしたが、どれも美味しかった

です。なにより、少人数なので話するのも楽だし盛り上がります。あまりに大人数

だと、呼ばれている方同士でも名前を知らない人がいる、ということもママあります。

「今日は、こんな形で食事と話が出来て良かったよね。」と言ったら、「おしょにんさ

んにそう言ってもらえて良かったぁ!」と、逆に喜んでもらいました。心が形になる

んだけれど、形式ばかりじゃない心の込めよう(つぼ?)っていうのを、今日の方も

ちゃんと心得ていました。帰りに、手作りわさび漬けゲット!感謝!



 お昼からは、HPを見て予約された水子供養の方が来山されました。「こんなに

丁寧に供養していただいて、水子だけでなく私たちの心も癒された気がします。

ありがとうございました。」と言っていただいたので、「かえってこちらのほうがお

礼を言いたいくらいです。お布施は、供養料であると同時に奨学金となって他の

方の役にたつんですから。」と、お返ししました。喜ばれるって、こそばゆいです

ね。


2月11日(土)曇り時々小雨

 「病気がちのおやじのためにも、今度の法要はちゃんとしたい!」 両親とも存

命であるけれど病気がちなので、代わりに務める心意気と言おうか、祖父母の

年忌法要を営むにあたって述べられた、息子さんの言葉である。祖父母の追善

供養であると同時に、親孝行の行いだと思う。

 県Pの副会長さんを務めるだけに、自分自身の務めと親子の関係をしっかり見

据えた行動を常に心がけている様子が見て取れる。「週に2回、高校の門前に

朝立ちして、子どもたちと挨拶しています。親が挨拶するところの子はやっぱりち

ゃんと挨拶します。そうでない子は避けて行きます。両親の姿がはっきりと見えま

すよ。私は、子どもが幼稚園に入って以来ずっと、小中高校と10数年役員をやっ

てきました。大会なんかあると、壇上の三役なんて柄じゃないと思うけれど、人と

人との関わりは人生の糧になります。やってきてほんとに良かったと思っていま

す。」 そんな頑張る檀家さんとご縁があって、自慢ができる私は幸せモノ。



 ご縁というのは、神仏のはからいというか、他生の縁も含めて、あるべき姿をあ

らわす人生のキーワードです。自ら動けば動くほど、不思議なご縁が広がってい

きます。




2月10日(金)曇り時々晴れ

 千代屋さんにとんかつを買いに行ったら・・「おしょにんさんが好きって言ってた、

鳥皮の酢モノあげます!」と、嫁が頂いてきた。鶏皮の酢物、黒豆、おから、おは

ぎにケーキ、野菜などなど・・・ご自慢の品々から買ってきた物までいろいろ頂戴

し、果てはご法事のお膳になお(すわ)れば喜ばれ・・次男曰く、「お寺はイイネェ」

 他寺にうかがって、あぁココにはなんでも揃ってるのね!と思うことがあるけれ

ど、同じように檀家さんも当寺に来てそう思っているに違いない、と想像する。だ

からこそ檀家さんはおそらく最高の心遣いともてなしをしなければと思い、実行し

てくださっているのだろう。それに値するのか?と考えると、値するようでなけれ

ば、というところにおちつくのがオチである。好きなものを知るのは尊重の第一歩、

二歩目は優しい言葉だろうな、三歩目は共感かな。



 ・・・先日、ある人が「14日にはチョコあげますね!」って言ってくれたのでその

事を嫁に話したら、「そういえば、○○さんもケーキ頼んだって言ってたよ。」と言

いながら、「やっぱり本命からもらうのがイイやろ!本命は私やろ!」と、ちょっと

マジそうな目で念を押したのには参った・・・そうです、あなたしかおりません大本

命です。



2月9日(木)快晴

 昨日とはうってかわって、「春の見本のような」気持ちよい晴れの日。

 初七日法要後に、亡くなったおばあちゃんの在りし日のDVDを見ながら、自宅

でのお斎となった。会話や童謡を歌う姿が映し出され、1年ほどの間に段々と変

化していくおばあちゃん。人間も小さい頃と同じように、晩年になっても急激に変

わっていくんだということを、いまさらながらに確認する。甲斐甲斐しくお世話して

いた息子さんの、死を何とか納得させたいという自分自身の鎮魂のための画像

のような気がした。


 そして、最後に葬儀の場面が出てきたのはよいとして・・・姿はまだしも自分の

声にはがっくりとなった。みんな他人の声は普通に聞けるのだから、今さら自分

の声を聞いて穴があったら入りたいなんて思わなくても良いはずなのだが、自

意識過剰というべきか。



 息子さんが知らない、亡くなったおばあちゃんの友人関係を確かめる手段とし

て、「焼香のところは何度も見たのですっかり顔は覚えましたが、やっぱり何人

かお名前の分からない方があります。」ということでしたので、親戚の方に確か

めるためにも、初七日忌くらいに見るのはちょうど良いのかもしれません。



2月8日(水)曇り時々小雪 風強し

 春の近さを想わせる、けれど冷たさは真冬なみの雪混じりの強風が吹く中、初

御講並びに星祭り法要へたくさんのお参りの方がみえました。去年も第784回

目の初御講(お誕生日法要)と書いたのですが、1222年のお生まれですから

今年こそが784回目となります。<m(__)m> 「こよみのページ」上の欄に入力す

ると、生まれ年の干支がわかるのですが、それによると日蓮聖人は壬午(みず

のえうま)年ということで、自分の干支と一緒でちょっとうれしいです。



 さて、朝一番にお参りに来たSさん、本堂で「えこうに行かねばならないので、

その前にお参りに来ました。」と言う。よく聞けば、「エコーの予約をしてある。」と

言う。回向ならこっちのもんだが、エコーじゃ仕方が無い。皆さんいろんな都合

をつけつつお参りを頂いているわけですね。ありがとうございます。きっと、日本

全国津々浦々でそんな方々がお寺や神社、教会を維持されているのでしょう。

我が寺(神社・教会)が一番!と思いながら。だから、その人にとって一番の寺

になれるように頑張りたい。





2月7日(火)雨のち曇り時々晴れ 風強し
 
 厄払いが必要な方は・・・数え年の61歳まで・・・その先の長寿者には厄が無

いことをご存知でしたか?男性の25・42・61、女性の19・33・37が厄であるこ

とは、広く知られています。

 日蓮聖人もお手紙の中で「33の厄は転じて33の幸いとならせ給うべし」と述べ

られています。(ただし、聖人の場合はあくまでも「法華経を信仰するならば」とい

う大前提があるのですが。)

 そうして、男性でも61歳の厄が過ぎれば、後は古希・喜寿・傘寿・米寿・卒寿

白寿・上寿(百寿)そして大還暦と、お祝いばかりです。70・77・80・88・90・99

100・120と不規則な数字のようですが、70・80・90・100・120の大台と重複

した数を好む、中国の習俗でしょう。


 それにしても、女性は37歳を乗り切れば厄の上では悠々自適・・・男は短命の

上に厄の後が短いですね。中高年の新成田離婚っていうのもあるらしいから、自

覚の無い男の61歳はまさに危機かも。でなければ、男は威張らせとけばイイのよ、

後は手のひらの上でこっちのものよ・・・という女の罠が待ち構えているか。厄歳

の頃は、体調の変化に注意しなさいと言います。それに、会社や社会での役回り

に変化がある頃でもあります。責任とともにストレスも増える。ストレスに強い体質

心構えをつくるほうが先決か。よく噛み・よく食べ・よく眠る。よく話し・よく聞き・よく

笑う。最近は泣くこともストレス解消に良いといいます。徹するということですかね。




2月6日(月)雨のち曇り

 マスクしてる人をチラホラ見るようになって・・・あの人は風邪だろうか花粉症だ

ろうかと思っていたら、いきなり私にはきました、花粉症。お経を上げててなんか

のどがヘン、きてるきてる〜と思っていたら、帰りに車の中でくしゃみが出だして

止まらない。車の運転が危ないくらいのくしゃみの連発!知らん人が見たら、たま

がりますね。でも、その後30分位したらどうもなくなって今に至っています。


 花粉症じゃ死なないけれど、厄介なヤツです。くれぐれもご注意ください。今から

です。



2月5日(日)晴れ

 歯磨き中に洗面所掃除を思い立って、妻に「あれない?」と聞いたら「あああれ

ね!たしか下にあったと思うけど・・ない?」と言う。洗面所の下を見れば、洗剤や

らなんやらかんやらでわからない。「ちょっとどいて!ほらっあったじゃない!」と

差し出された「アレ」の名前は【ラバーカップ(吸引するゴムのスポイト)】と言うらし

い。餅は餅屋というが、スポスポスッポンと使ったら、「えぇっこんなに出るの?」

というくらい出るは出るは黒いヤツ、ちょうど海苔のようなかたまりになっている。

多分2・3年分の汚れはあったと思う・・・気持ちよく掃除が出来てちょっとうれしい。

彼女の名誉のために言えば、排水口掃除の粒のものは使っていると思うが、やっ

ぱ物理的に排除したほうが効果大です。すっかり新品みたいになって、気持ちよ

く水が流れていく。心のつかえもコンナ風に処理できたら、さぞや気持ち良かろう

って思うんですけどね。スポスポスッポンってやって、自分の心の中の黒い塊が

見えたら、私なら「あぁやっぱりね〜」って思うだろうけど。



 心のつかえ(障り)を取るスポイト、あなたは持ってますか?

 私にとってのスッポンは、南無妙法蓮華経のお題目とやっぱり妻の叱咤激励で

しょうね (^^♪ 叱咤は逆効果のときもある・・・

 


2月4日(土)朝小雪のち晴れ

 うれしいお便りを2通頂いた。1通は檀家さんの結婚披露宴ご案内。以前ご法事

の折にお父さんが、「おしょにんにも息子の結婚式に来てもらわないかん。来てく

れますか?そんな例はあるの?」と言われていたが、その言葉どおりご案内状が

届いた。お祝い事まで呼んでくださることは、旦那寺の住職として無上の喜び、3

人目になります。謹んでご出席したいが、なんと!日取りがお彼岸のお中日の正

午では・・・法要があって列席は無理ですが、お祝いだけは届けます。

 もう1通は、カンタカ奨学生の卒業お礼状。「この4月から社会人としての一歩を

ふみだすわけですが、何ごとにも前向きに努力していきたいと思います。」と結ん

であった。挨拶がお互いさまの言葉のやり取りだけに止まらないように、一言のご

案内なりお礼状は相手の心に認めあいの明かりを灯す・・・うれしいことだ。



2月3日(金)晴れ 

 市内の月参りに一軒伺い、9時半には大野城市の征月命日のお経、取って返し

て枕経に行き、昼はお寺でお墓の相談、午後からはお葬式・・・高速道路がある

から出来ることではあるが・・・他のお寺さんも右往左往(もとい東奔西走)してい

るんだろうなぁ・・・近くの方にって言うわけにはいかんのよね・・・「あなたでなけ

れば」って言われるうちが華!(と言うか、直接そう言う方はいないけど (-_-;) )

 大野城では、「今朝は、来ていただくのに、雪が降らないかそれが一番心配でし

た。」と言われた。昨年は日田まで奥様がいらしたが、その時は大雪だった。「主

人が亡くなってからの4年って、すぐ経ってしまって、その間に何してたのかって思

いますね。それで、私も日記をつけているんですが、最近はお天気と気温もつける

ようにしています。後で見るといろいろ思い出すきっかけになりますね。」(おぉ!お

天気つけるのは、私といっしょだ。) この方は、高速バスでほぼ毎月お参りに来ら

れる。それを見るにつけても、やっぱり気持ちがあれば行動を伴うものだと確信す

る。ご主人の好物の料理をこしらえて、片道1時間の高速バスに乗って来るんだか

ら、口だけの人じゃない・・・




2月2日(木)晴れ

 今日は、中津江村の蓮妙寺様での初御講と星祭り祈願会でした。うららかな日

和に、「このまんま春になってくれるといいねぇ!」

 お経の後は、恒例の豆まきだったのですが・・・最近は袋に入った豆蒔きますよ

ね、拾いやすいように。ところが、先達のKさんが大豆をぱ〜っと撒いたもんだから、

バラバラと畳の上に転がった豆を一粒ずつ拾うのが大変。「豆拾いながらお話聞い

てくださいね。」ということになった。

 「今日は、日蓮聖人の第784回目のお誕生日法要という大切な記念日です。皆

さんにもそれぞれ特別な記念日がありますよね。ところで、ご両親の結婚記念日知

ってますか?」と質問したら、下を向いて豆を拾っていた参加20人中3名が勢いよ

く「知ってます!」と言う。いきなりの質問にさっと答えられるとは・・・。私のように、

何回聞いても忘れるような者もいれば、本当にしっかりと我が家の記念日として伝

えられている家庭もあるんだと感心する。



 新春祈願で一番多い願いの「家内安全」は、家庭の和楽から始まるわけで、仲

睦まじく話ができる環境作りこそ大切である。神仏にお願いする前に、ご自分の心

構えはできてますか〜家族の【こころ】は通ってますか〜今年星廻りが真っ黒けの

方も、まずご自分の周りの人を大切に。「神仏に手を合わせつつ、仲違い」では和

楽の道から程遠いし、ほんとうに真っ黒けになってしまいますよ〜気持ちを伝える

っていうのは、独りよがりじゃ伝わりませんよ〜お仏壇に【家内安全】のお札を置い

とけば、みんなを思う私の気持ちはわかるだろう・・では、ダメです。




 日出生台での米軍実弾演習でも、なんかそんな話が伝わってますね。施設局は

「協定は地元自治体と結んだもので、米軍に示して説明したことはない。地元との

基本的な順守事項は米軍側に申し入れており、内容は伝わっていると思う」 対し

て、現場の大隊長は「協定は知らない!」 思うことが伝わってない・・・そのうや

むやが恐い。




2月1日(水)曇りときどき雨

 月初めの祈願会にみえた方が、お経の後で「今日は結婚記念日なのでお父さ

んに会ってもイイですか?」と言う。一瞬なんのことか分からなかったが、本堂の

裏の位牌堂に安置してあるご主人のお位牌に会うことだと合点した。

 マイ結婚記念日完璧に忘れた!という方はそんなにいないだろうが、では両親

の記念日を知っている!という方もそんなにいないだろう。亡くなったという連絡

を受けて枕経に伺い、故人の事歴をお尋ねする。取り込んでいて、動転していて、

度忘れして自分の結婚記念日を忘れているということはままあること。そして、両

親の記念日になると覚えている人は・・・ほとんどいない。

 かく言う私も、何度も聞いて結婚式当日の情景はまるで見たように記憶があるの

に、日にちは覚えていない。ちゃんと記録として残してあるから、いつでも取り出せ

るようにはなっているのだが。所詮結婚記念日っていうのは、2人だけの思い出の

中にしか残っていかないものなんだろうか。忘れると、結構痛い目にあう人もいるよ

うだけど・・・年がいっても、Zさんのようにご主人が亡くなった後も記念日としてしっ

かり思い出してくれるようなら、幸せな日々だったのだろうと、聞くほうも嬉しくなる。

 家族の誕生日と結婚記念日・・年取ると段々あやふやになってきますね。ご用心

ご用心。


(先月)