No.43
1月31日(火)曇り

 義父の征月命日忌だったので、里帰りをかねてお参りに行き、お墓の掃除

もしてきた。ついでに、「夫婦で行くと安くなるから!」と、久山町のトリアスで

嫁の大好きな映画に付き合う。ジョディ・フォスター主演の「フライトプラン」 

う〜んそこまでやるか〜っていう感じでした。陰謀ものとか推理モノとか、私は

好きなのですが、あまり日本人の日常にはない深謀遠慮の世界は鳥肌が立

つようなときがあります。


 「元々日本人には諜報工作とか外交とかの能力に欠ける部分があるのだか

ら、戦争なんかもってのほか」と言う方がありますが、ある意味その通りでは

ないかと思うのです。まっすぐに信じた道を突き進むことは得意だけれど、周り

を巻き込む(抱き込む)力が無い。国家としてのコミュニケーション能力というも

のが体をなしていない。それが無いから、「日本は金だけ出して、汗をかかな

い!」と言う批判を浴びたんだろうなと思います。言うべきことをちゃんと言って

いれば、別に兵士を出す必要はなかったであろうし、これから先もそうあるべき

なのだと思います。「平和ボケ」を言う前に、この国の使命は、平和を求めるし

か幸せになる道はないことを、ハッキリと世界に主張できる外交官を養成する

こと。もっとその前に、私たちが心底平和を願う力を信じるべきなのでしょう。陰

謀はどこかでホコロビルことを信じてね。


トリアスのエスニック雑貨「ハトム」で、こんな

もの買って来ました。季節はずれですが、蓮の花きれいでしょ?



1月30日(月)小雨のち曇り

 「私には分かるのよ!」と言いながら、本堂の花換えから帰ってきた妻。

「自転車で来たときからお参りじゃないっていうのが分かるもんね。あれは

ね、お賽銭ドロよ。私の姿を見て、お墓のほうに行ったけどね。それで、お

賽銭引いてきた。でも、何にも無いんじゃかわいそうだから、100円だけ残

しといた。玄関開けて、いくらかくださいって言えば、500円くらいにはなる

のにね。どっちがいいんだろう?」 心の負担っていうことから言えば、どっ

ちもどっちかもしれないが、こそこそしなくて良い分だけ玄関の戸を叩く事を

強くお勧めしたい。



 お参りの方にもいろんな作法があって、お賽銭でも賽銭箱に入れる人と

まったく別の場所にそっとお包みを置く人とあります。その人なりのこだわ

りがあるんだと思います。お寺に来る方は、みんな福の神、です。必ず何か

を私たちに与えてくれます。




1月29日(日)晴れのち曇り

 麻生外務大臣の「天皇の靖国参拝要請、神社の法人格見直し」発言は、

天皇陛下を政治的に利用するだけでなく、靖国神社を結果的に国営化=

国教化する意図ありの重大な憲法違反だと思う。アドバルーンを揚げて国

民の反応を見ているのだろう。怖いこっちゃ!

 それにね、宗教を政治に利用しようという姿勢は、神社にとってもずいぶん

失礼な話だと思う。宗教自体、大臣の中では右に左にやれる軽いものなの

だろう。こだわりが無いっちゃ無いんだろうけど。

 大臣が言う「英霊は天皇のために死んだ・・」って、そうなんだろうか?「た

め」でも「せい」でも無いと思うのだが。彼らは家族や親族のいるこの国の、

今と将来のために死なざるを得なかった。自分らが死ぬことによって国を活

かしていきたい、という強烈な意志があればこそ、喜んで「行きます」の言葉

が吐けたんじゃないですか。





 愛国心っていうのは、まず愛国民があってこそ、と政治家には言いたい。




1月28日(土)晴れ

 「何も無い事は有り難いこと。それに気づけばいつでも満足できる・・」と言

うようなお話をした後、帰宅途中で車がパンク。午後2時の大事な会合に間

に合わなかった。

 ご法事の後、みんなに見送られて坂道をズンズン上がって行きながら下の

ほうの家を見ると、みんなで一生懸命手を振ってくれている。さすが、田舎の

人は気持ちの良い方ばかり!と思ってこちらも頭を下げながら・・・でもなんか

手の振りようがちょっと違うか?忘れ物があったのに気づいて、私に知らせよ

うとみんなで手を振っていたんだった。で、坂道をバックさせていたら横の溝

にタイヤがハマッテ・・・その時はどうもなかったのに、ホイールを曲げたよう

で空気が段々抜けて最後は一気にパンク状態。間が悪いことに、ランフラット

タイヤなのでスペアタイヤが無い!104に電話して修理工場を捜し、ナントカ

修理は出来たけれど・・会合には間に合わなかった。とりあえず、ケータイで

連絡できて助かったけれど。おまけに、家のルーターの調子がおかしくなって

ネットにうまく繋がらない。何も無いことはありがたいことだ。



 昨日も、「ひかりに変えませんか?」という電話があって、リース料との関係か

らお断りしたけれど、こんな感じでネット環境が悪いと背に腹は換えられなくな

るかも。みんないつもサクサク状態なのだろうか・・・悩みは深い。



1月27日(金)晴れ

お仏壇にあった電報をみれば、一人娘さん

のご夫婦が、実家のお母さんに宛てた電文である。「帰れませんが四国から

お参りしています。健康に気をつけて長生きしてください。」

 4年前、肺炎であっという間にお父さんを亡くして、今日は征月命日だった。

当時はずいぶんと病院をうらみ、文句も言ったというが、「後で、先生が家

に来て丁寧に説明してくれたので自分自身を納得させました。」

 「夫婦二人で暮らしてきて、一人になると周りの人の親切が身に沁みます。

Aさんなんか、ほとんど毎日来てくれますもん。親戚以上かもしれない・・・」 

四国の娘夫婦は、来年が定年退職です。「Y三さんはホントにイイ婿で、ボー

ナス出たら私にもくれるんですよ。大好きだから早く帰ってきて欲しい。娘も、

帰ったらお寺の手伝いするって張りきってますよ!」 ありがたいことだ。



1月26日(木)晴れ

 郵便局の窓口で、年賀状の当選番号の書付をもらって帰って・・調べたけ

れど、さっぱり!それでも、3枚当たっていた。内1枚は書き損じて出せなか

ったもの。「こんなところで運は使わん!」って負け惜しみのようなことを言い

たくなるよなぁ、今年もだけど。誰かは当たっているのでしょうが、それにして

も今年は特にひどかった。切手シートが3枚ですよ3枚・・・ありがとうございま

す。大事に使わせていただきます。民営化した後もがんばってください。




 頑張るといえば、市内でも山間部じゃ、「自分たちでグループホーム形式の

住まいを作って生活しないと、一人住まいが増えていつ倒れて死んでいても

分からん・・」と昨日も聞きました。高齢化の波をもろに受けています。「老々

介護はできんけど、せめて自分の面倒がみれるまではみんなとこの地で暮

らしたい。」と、ささやかな夢を語りあっています。

 人が老いていくのは、体の自由だけでなく心の自由まで奪っていく、せめて

自分の面倒は自分でと願っても叶わぬこともある。ということで、来月からの

8の日は、写経(認知症に抜群の効果あるらしいです)とお経練習を楽しみな

がら、プラス欲ばってリハビリしよう!で、手始めに30マス計算くらいを計画

中です。何より、自分のためにしないと、最近ちょっと不安です。老々ならぬ

朗々と生きるために。





1月25日(水)晴れ

  灯油が高いので・・ストーブの上で芋を焼

いている。三男が、ストーブの前で、「ジーッとか音がしよるばい!」と見守って

いる。ホイルに包んで、時々ちょこちょこっと裏返せば、かぐわしい香りとともに

立派な焼き芋のできあがり!美味である。昔は炭や練炭火鉢の上でちょっと

したものを煮炊きするのは当たり前だった。出来合いでないモノを頂くっていう

のは、その過程もおもしろい。なにしろ、つい最近までレンジするにも、「何分?

」だったから。



 昨夕は、「バイク練習していいですか?」と、「原付もあんまり乗ったことがな

い。」I君が来た。ギア付きも未経験、最初は「恐い!恐い!」と言いながら、そ

れでも駐車場にちょっとしたスラロームコースを作ったら器用に乗りこなす。もち

ろん免許はない。「3月になったら、教習所に行きますから催促してください!」

 彼が免許取ったら・・・次男と3人でツーリングできる・・・多分、一番飛ばした

がるのは私。初心者ばかりのツーリング集団、ちょっと怖いかも。


 でもね、いろんな意味で新しいことは面白いです。




1月24日(火)晴れ

 学法さんのHP中に、「いただきます」「ごちそうさま」のお話が載っている。

今日から全国学校給食週間に入るらしい。

 そういえば、今年の寒行ではお接待を受ける各家で「食法(じきほう)」をお

唱えした。毎月の婦人会では毎度唱えるが、寒行では初めてのことである。

唱えなければ始まらないというその場のみんなの雰囲気に促されたとでも言

うところか。

「天の三光に身を暖め、地の五穀にたましいを養う。皆これ本佛の慈悲なり。

たとえ一滴の水一粒の米も、功徳と辛苦によらざるものなし。我らこれによっ

て心身の健康を全うし、佛祖の教えを守って四恩(@一切衆生の恩A父母

の恩B国主・国土の恩C三宝の恩)に報謝し、奉仕の浄行を達せしめたま

え。南無妙法蓮華経 いただきます。」

 暖かい部屋を用意し、食事を作ってくれた方々への感謝とともに、合掌しゆ

っくりとお唱えすれば、自然と「いただきます!」の心持ちになってくる。いつ

でもどこでも、その気持ちを忘れたくないものだ。



1月23日(月)晴れ

 新聞広告を見れば、「中国名門大学の授業を日本で受けられる云々」とあ

る。九州青年の船で北京青島を訪れた30年前、中国は日本より50年遅れ

ているというのが半ば定説だった。その頃の中国人は昔の繁栄を矜持に、

遅れて現に繁栄している日本人の経済的横柄さをいなさざるを得ない立場に

ある、と言う感じだった。それから30年経って、一部の人は一般的な日本人

よりもはるかに豊かになった。

 ある民族を国策として蔑視するとか、民族感情でさげすむということが私の

子どもの頃も色濃くあって、「チョーセンジン」とか「チャンコロ」という言い方の

中にしっかり気持ちがこもっていた。それは、経済的に貧しく他国の援助がな

ければ生きられない国の民への優越感がさせたものであると思う。経済力さ

えしっかりしていれば、敗戦国の日本人なんかにあんな態度はとらせないの

に!と、30年前の彼らは思っていただろう。豊かな国への憧れが現実の自

分たちのものになった時、中国朝鮮の人たちはどんな態度を取ってこれから

の日本に対するのだろう。

 経済力=国力=国民力となって、軋轢のみが増えるのか。はたまた真に

対等の関係が作れるのか?民間の交流のみで友好を形作っていけるのか。

平和は力でつくるものなのか、それを希求する人たちの魂が形作っていくも

のなのか。あれこれ考えると、歴史とか歴史観の大切さが不可欠だなぁと思

う。その根底に、相互信頼というかやはり命の大切さをもっていなければ何

もならないのだが。いたずらに、名誉心をもってくることは慎みたい。



1月22日(日)晴れ

 寒行が終わると・・・毎年寒くなる、と私は思う。いわゆる日田の「季節の

風物詩」みたいなもの・・・関係のない方には、「ったく!なにやってんだか!

車の邪魔だし、カンカンうるさいんだよ!」てなもんでしょうが。すれ違う高

校生が、(男子女子の別なく、3人くらいの時に)「こんちは〜」とか「こんば

んは〜」と挨拶していくのは???どんな気持ち?一人だったら、決してし

ない行動は、もしかして度胸試しか?でも、挨拶(相手)してくれるのはすご

くうれしいです。なんてったって、無視されるのが一番辛い。ほっとけなくて?

彼らがそうやって挨拶しつつ愛をくばっているのは、寒行に匹敵する或いは

凌駕する?行いかもしれない。宗旨宗派にとらわれない、タダの行いですか

らね。



1月21日(土)曇り

 寒行無事終了いたしました。いつもの事なのですが、特に寒中唱題行脚は

いろんな方の支えがあっての行事です。今年もたくさんの差し入れやお接待、

参加を頂きました。関係各位には厚くお礼申し上げます。

 参加者の中にお一人、「お題目を一生懸命唱えているのに、醜い心が湧き

出てくるのはなぜでしょうか?」と涙ながらに言われる方もありました。まじめ

に取り組めば取り組むほど、我が身の勝手さが吹き出してくる。その瞬間も

大事なのだと思います。それに目をそむけないで、『我慢偏執の心無く』(法

華初心成仏抄)お唱えし続ける心持ちがあれば、自分を認め他人を認める

思いが手に取れるのではないでしょうか。叩いても叩いても中々我が心持

ちがまっすぐにならないのも事実ですが、寒行がその第一歩となれば幸い

です。




1月20日(金)曇り
 
 昨夕は、ふらりと《自称全国行脚中の法華宗の僧侶》という方がみえた。

最初に出た妻は、「初めての人だけど、いつものよね」という眼差しだった。

「時間のある非住職なので、現地の人の考え方を知って見聞を広めるため

に」日本だけでなく、昨年はエジプトやヨーロッパも回ったという。

 「何か食べさせてください」と言うから、寒行用のおでんを食べてもらい、ち

ょっとお話しました。エジプトでの原理主義的な人との出会いとか、国内での

新興宗教信者との会話とか、言わば棘のある方々との出会いも含めて、もう

少しゆっくり聞きたかったです。帰り際に、「何処に泊まるの?」と聞いたら、

「日が暮れた所で捜します。日本ならどんな所でも寝られますから。」と言う

ことだった。この寒空で、たいしたものだ。「新潟の大森と言います。」と言っ

てましたが、きらりとしたいい目してましたよ。お風呂にね、入ってもらえばよ

かったけど。

    帰りにパチリ

 「普段はお題目を唱えることもなく歩いております。」と言ってましたが、玄

関出てから大きな声で「ナム〜」と三回お唱えしてくれました。良い旅・出会

いができるといいですね。




1月19日(木)曇り

 今年も寒行にたくさんの差し入れをいただいて・・・ゆで卵持って帰っても

らったり、おでん作ってます。参加者には、晩ご飯食べないで来てもらわな

いとお接待が入らない。お弁当作ってくれたり、おにぎり出していただいたり、

甘酒・漬物・お菓子・蒸し芋・缶コーヒーなどなど、地区の方々にはご迷惑か

けてます。

 
 ストーブの上のおでん              昨晩の様子




1月18日(水)曇り

 天皇家を巡る男系女子・女系女子のことって、なんのこと?って思ったら、

愛子様が天皇になられるのは良しとして、次の代が問題視されている議論

なんですね。神武天皇の遺伝子を継ぐ方でなければならないという論理。

125代に渡って、脈々と受け継がれてきた、万世一系の天皇家の血筋が

途絶えてしまう・・・早い話が、血の繋がりのないご養子さんはダメ、ってい

うことですか。「血が汚れる・・・」って、怖い話ですね。

 仏教でも、血脈相承(けちみゃくそうじょう  親の血が子へ流れることから

転じて、法門の伝承をいう。師資相承とも称す。師から弟子へ正しい教法が

相伝されること)と、受け継ぐことの重要性が確認されています。が、それは

あくまでも「正しい教法が相伝されること」であって、血縁関係が重要だとは

言われない。もっとも、婚姻が認められてなかったんだから当たり前の話な

のですが。唯一宗祖の血筋である大谷家を擁する真宗のみなさんは、そこ

のところどうお考えなんでしょうかね。親鸞聖人の血筋でナイト!なのでしょ

うか?



 いづれにしても、家督とか血筋とかを尊ぶ心持ちは私たち一般人にも強固

にありますよね。「先祖あっての私たち」っていう言葉の中に、名の有る方々

の末裔なんだ!とかいう意味が隠れていたりね。残念ながら、私の先祖は

「名もなき農家の出」ですから、誇れる血筋ではありません。でも、「それが

どうした!」です。


 巷間言われる、「神武天皇のY遺伝子は宮家を含む皇統にのみ存

在する
」って言うこともないそうです。嵯峨天皇の代にはすでに300くらい

分かれていたというほど、日本国民の多くが分かち持っていると言われてい

ますから、もしかしたらこの私も持っているかもしれませんし、男系を言えば

言うほどその方の男尊女卑的嗜好?をあからさまに示すことになるのでは

ないでしょうか。男性のみならず、女性でもそういう考えの方時々いますよ

ね。


 「愛子様のためにも旧宮家の復活を」っていう議論もあるようですが、そん

な心配しなくても恐れ多くて民間人は婿には入れませんよ。皇后陛下や雅

子様バッシングを見ていれば、わかります。いやでも旧宮家の方々の中から

になるでしょう。



 全国の、血の繋がりのないご養子さん、男系絶対の考えどう思いますか?

養子否定の論理耐えられますか?耐えることには慣れっこ・・・って、私は養

子じゃないんですけどね。





1月17日(火)曇り時々晴れ

 月参りのお経に伺って、「寒行いつからでしたかね?」「えっ?あっ、昨日か

ら始まってて今日はこの地区を回るんですけど・・・よろしくおねがいします。」

「もうトンとご無沙汰してるもんだから・・・忘れてしまって。前はね、一生懸命

回ってたけどね〜」 というような方もいらっしゃいますが、お蔭さまで参加者

は順調に代替わりしています。中には、え〜この人がね〜というような、思い

がけない人物が参加されたりして、改めて人の心はさまざま、先入観で判断し

てはいけないと知らされます。おしゃべりしながらでもいいんです。提灯持つ

だけでも結構。『身より光明を出して 飛行自在なり』っていうお経文もあるし。

ただ歩くだけでもイイ。みんなと何かしようという心持ち、大事です。

 通り沿いの方は少々うるさいかもしれません・・・トントンうるさいのは1・2分

ですからご容赦ください。



 やっぱり本堂であげるよりも、寒行は外!ですね。心なしか、ちょっと身が締

まったような気が・・・と思って体重計に乗ったけれど変わらんかった。



1月16日(月)曇りのち雨

 寒行初日は夕方からの雨で流れ、本堂にて1時間の唱題三昧。「寒行なん

だから、もちろんストーブは無し!寒さを吹き飛ばすような声でお唱えしよう

ね。」ということで、それぞれ太鼓を叩いてお勤めしました。休みなしにお唱え

し、太鼓を叩き、正座するのは外を歩くよりも辛いかもしれません。なにより、

私は時計を見ながら時間の経過が分かりますが、そのほかの方は「いつま

で続く?いつ鐘がなる?もう!腕が痛い・・・」 自分でコントロールできない

時間っていうのは、長く感じると思います。長い長い1時間であり、終わって

みれば短い1時間での約1100回のお題目。息子もみんなも大きな声で唱

和していました。


 日蓮聖人は、『法華初心成仏抄』の中で、『籠の中の鳥なけば空とぶ鳥の

よばれて集まるがごとし。空とぶ鳥の集まれば籠の中の鳥も出でんとするが

ごとし。口に妙法をよび奉れば我が身の仏性もよばれて必ず顕われ給う。』

と仰っておられます。お題目をお唱えすれば、自分の仏性が呼ばれて出てく

るのと同時に、他の方の仏性とも呼び合って輪廻して善根のパワーが生まれ

てくる、と。

 では、そのお題目を何千何万と繰り返す事に意味があるのか?一回で

はなぜ駄目なのか?って普通は思いますよね。少なくとも、私はずっとそう思

ってきた。数さえ唱えればイイてもんじゃないだろう。心を込めてお唱えすれば、

極端な話1回で良いんじゃないの?って。


 でもね、やっぱり意味があることに気づいたんです。魂や命が宿るものを繰

り返すという行為は輪廻に他ならない。生命は留まれば死に至る、廻ることが

定めである。だから、「唱題とは、形のない輪廻を形式にしたものであり、私た

ちが繰り返し蘇生し生き続けるところに、生命の本質があり久遠の魂が宿ると

気づいて欲しいという(釈尊の意をていした)日蓮聖人の示しである。」と。

 再度、だから「命を大切に、お年寄りも若者も中年も大切に。次代に良い世界

を伝える意思を持たねばならない。」のだと思う。 




1月15日(日)曇りのち晴れ

 沖縄の成人式、というか新成人の振る舞いがTVで流されていた。卒業した

中学校ごとにきれいに誂えた羽織袴姿というのが彼らのトレンドらしい。それ

を見た外国人観光客曰く「なにかの宗教団体ですか?」 揃えているというこ

とは、まとめる者がいるわけでそれはそれでいいと思うが、何故に学生服のよ

うに揃えたがる? 私「羽織袴のお金は誰が出したんだろう?」嫁「自分じゃ

ないの?」

 デモンストレーションだから、警官隊も何かしでかしたら捕まえるよと待ち構

えている図。本人たちは、「これが沖縄の成人式魂!」と盛り上がっている。

二十歳の頃の自分を考えたらそんなものかもしれない(式典には出席しなか

ったけどね)。男は大体みえっぱりで幼稚である <(_ _)>

 そんな成人式を見ていつも思うのが、アメリカ映画の中の「プロム」  大人

への入り口をくぐる儀式として女性をダンスに誘う・・・目一杯格好つけてエス

コートする、というところが素敵だと思いませんか?彼女の同意を得る必要が

ある、独りよがりじゃ出来ませんからね。大人の社会の扉を開く夢みたいなも

のがあると思う。憧れのない世界は寂しいです。


「あんた自分の時にプロムがあったら、できてたと思う?」「絶対出来ちょらん!」





明日から寒行が始まります。





1月14日(土)雨

  法事のお膳のお片づけ、私もやる!と、

若干2歳にして、しっかり働いている。この子のおじいちゃんは私よりも若い。


 お膳の準備の時に(慣れてないなぁ〜)と思うと(気が短いから)手伝いたく

なる。将に、門前の小僧習わぬ経を読む・・状態。配膳の状態は大体わかる

し、基本的にどうやればテキパキできるかもわかっているつもり。基本は、手

前から端から順番に置いていく。汁物は、並べる前・座る前に注いでおく。ドタ

バタやっていると、(あ〜も〜)と思いながら、時々やってしまう。が、あまり衣

姿でやってもどうかなぁと思って、その場の雰囲気でするようにしている。「お

しょにんに働かせてすみませんね!」とか言われるけど、おおむね好評です。

 供養されるご先祖様のお膳は、お箸が仏様の方を向くようにお願いしますね。

お経をあげる私が頂くわけじゃないからね。



1月13日(金)曇り

 ご法事の後のお膳中 「『ありがとう』は、なんがあるって書くんですよね。」

??ナンがある?インドのパンか?この前食ったな、小ぶりだったけど美味し

かった・・・・・なかなか『難が有る』にいきつかない。そう言った彼も、どこかの

お坊さんから聞いた言葉らしい。「人生は難が有るから有り難いと思えるんで

す。」って。 はぁ!そういう読みかたもアリなのね、と感心する。意訳のような

意読だろう。 難があるからありがたい・・少々傷アリっていうくらいのレベルで

あれば良いけれど。


 帰宅して、読みかけの「四日間の奇跡」を読んでいると、隣では録画してあ

る「1リットルの涙」を妻と三男が見始めた。妻は、「何回見ても涙が出てきて

止まらない・・」と言いながら、コタツ布団で顔を隠している。障害を負う・発病

するということは少々傷アリというレベルではないが、それを読み、見ている間

(だけ)は純粋な気持ちになれる。そう、ちょうど水をかぶって清浄な心持ちに

なるように。

 見終わった妻はちょっと照れくさかったのか、「目の掃除になった。。。」と言

ってたが、実は私も「四日間の・・」を読みながら、グッときて涙が出そうだった。

時々は私たちもそうやって清浄を求める聖なる魂に出会う必要がある。泣け

るっていうことは、なんによらず素晴らしいことだと思う。あとは、その心持ちを

思い出しつつ自分に出来る良いことをするのみ。それ以外にナンが有る?



1月12日(木)晴れ

 朝は真っ白な霜ですが、日中は気持ちのよいお天気ですね。新潟や東北

の雪害の方に申し訳ないような気がします。



 「お経のあがっていないステッカーは、お寺の宣伝のようなものだから私が

広告料を貰うほうが妥当ですね。そうでしょ?」 時々来る佐賀関の魚屋さ

んの車の交通安全ステッカーが傷んでいたので、新しいステッカーを渡した。

そうしたら、「これはお経があがってますか?」と言う。普段は、頼まれた時に

お札とともにステッカーも仏前においてお経をあげるのだが、今回はプレゼン

トのつもりだった。そうしたら、件の「ただのステッカーを私の車に張るんだか

ら広告料を頂くのが筋ですね。」という。確かにその通りだ。私の中の理屈で

は、仏前で祈願してあるお札に祈りを込めてあるので、あくまでもステッカーは

おまけである。はなからステッカーに祈りを込めるという気持ちがない。でも、

だからこそ彼の広告料云々と言う屁理屈は筋が通っていて、妙に納得してし

まった。というか・・・鼻っ柱を折られたというほうが、私の気持ちに近い。

 プレゼントをあげるときには最高のものを!と考えれば、ステッカーに限らず

真心を込めて贈らねば、と教えてくれた彼。魚屋にしておくのは惜しいくらい、

包丁も切れるが頭も切れる。




1月11日(水)快晴

   
   お天気いいし、散歩行きたいモードのゴン太


 メールでは何回かお便りさせていただいたTさんから、写真入り年賀状をいた

だきました。6月に「妊娠しました!」とのメールをいただいて・・・以来、どうなッ

ちょんのかなぁ?と気にはなっていたのです。早産だったそうですが、無事出

産されたというお便り。ご家族みんなの写真に愛犬?もはいって・・・しあわせ

一杯の図・・・愛のおすそ分けをいただきました。



 というのも、今日は私たちの25回目の結婚記念日、なんと銀婚式。そんな日

に、知人が幸せであるっていうことを知るのは、うれしい。そんな輪が、次から

次につながっていくといいですね。





1月10日(火)晴れ

 或る中学校の教頭先生のお話。「ちょっと前までのワルは、学校で悪さをや

っても好きなことだけは一生懸命にやるっていう子が多かった。だから、結構

社会に出て頑張ってる子も多いです。でも今の子は、学校には来ないで外で

ワルをやるし、何かに取り組む気力がない。ニート予備軍は一杯いますよ。」

 無気力で一生暮らすならば、それはあまりにも勿体無いこと。粗末にしては

バチがあたる。一度生命の重みを知れば、無気力では暮らせない。



1月9日(月)晴れ

 今年も成人式の話題でカシマシイが・・・今や若者もお年寄りも、あまり変わ

らないレベルで争っているから「今時の若者は!」なんてトテモ言えない。昔

は、経済的に大人が取り仕切り尚且つ技術や知識も豊富だったから、当然に

長幼の序や目上を敬う気風がなければならなかったのだろうが。今や、魅力

は若さと金金金。

 この間も、細木女史が「ブスと言われたらなんと言い返せばいいか?」と小

学3年生に聞かれて、「あんたの顔はシモブクレで将来大金持ちになるんだ。

心はきれいなんだ!と言え!」と言われていたが、「そっかそっか。あんたは

私と一緒だね。苦労してるね。気持ちはよくわかるよ。でも、大丈夫。頑張れ

ばこのおばあちゃんみたいに大金持ちになれるよ!」と言ったほうが、よっぽ

ど身近に感じられて良かったのに・・・「そっか!世の中顔じゃないんだね。」

って。金の力で世間を叩きまわる細木女史。昔取った杵柄で時々良いことは

言ってるが、口癖の「バカ!」は、品が無いのでやめてもらいたい。インパクト

強すぎ!です。



大人って、自立しようという意思と行動力を持つ人でしょう。それに思いやりが

あったら最高。大人の国もね。憲法9条はそこを目指していると思うのです。



1月8日(日)晴れ

 今年も1回の練習もなしに本番を迎えた

新春祈願会の水行。今日は例の「おしょにん!氷入れとこうかね!」の総代

Kさんが来てなくてちょっと寂しい。朝水盤の蓋を開けてみたら端っこにちょっ

と氷が張っていたくらいの寒さ。でも、いきなりで体が慣れないと手先が震え

る・・・あとは気合で1回「エイッ!」とやってひたすらかぶるのみ。

 かぶってどうなる?と思われる向きもあるが、その瞬間だけはチョビッと心

が美しくなっていると(今日の)自分は思った。悟りとか神通力とかいう不思

議な世界とはあまりにも遠いが、それはそれで良しとしよう。お参りの方々が

喜んでくれればOK!Aさんが、「去年は痩せてて貧相だったけど、今年は結

構カッコ良かった。」という感想をくれたが、まぁそんなものだ。自分にもお参

りの檀信徒さんにも気合を入れて、今年一年前向きに前向きに進み

たい。



1月7日(土)曇りのち晴れ

我が家の七草粥
    
買えばなんでもある時代、七草もパックで売っているのだが、畑にあるもので

何とかなるだろうと採ってきたら、水菜・イタリアンパセリ・ブロッコリー・カリフラ

ワー・大根・ねぎ・小松菜・ほうれん草と全部で8種類になった。もともと7・5・

3という数字は、「陽数」といい縁起のよい数字で、東アジア全体でも聖数とさ

れているし、キリスト教でも好まれている。そして7はお題目の数で良い数字

だ。しかし、8も末広がりで捨てがたい。どうせならと大根は葉っぱもいれて、

9でできあがり。(って、採ってきたのは私で作ったのは嫁です)9は苦に通

じるから避けるべき?
なのだろうが、私は元来数字合わせの縁起は考え

もしない。好きと縁起は別物だと思っている。

 昼ごはんにいただきました。するするっというよりは、ずずっと食べる感じで

すかね。消化が良いのでやっぱり健康食ですね。「前日に摘んで歳神様にお

供えした七草」ではないけれど、家族で囲む季節料理の食卓って、後々のお

話にはなるだろうなぁ、と思います。「昔みんなで食ったよね。今なら少し味が

分るね。」とか言いながら。7の薀蓄を傾ける・・ようなことは、多分ないな〜



 今朝の寒は厳しくて、本堂掃除の後バシャッとやったバケツの水が凍って、

お参りの人の足を滑らせてしまった。嫁が「そこは滑るから通らないでください

ね。」と言った、その端からステンといってしまって、申し訳ないことをしました。

これもきっとその方の記憶に残るでしょうね。「これはお袋の7回忌の時、本堂

の前で転んだ時の傷や!」 重ねてお詫びするしかない。


 7日、七草粥、七回忌って揃うとちょっと不思議な気もする。



1月6日(金)曇り時々雪

 早くも、明日は七草粥。こよみのぺーじを見ると、【庶民においては七草は前

日に摘んで、年棚(歳神を祭った棚)の前で七草囃子(ななくさばやし)を唄いな

がら刻んだとか。この七草囃子、地方により幾種類かあるそうだが、大体は次

のようなもの。「七草ナズナ、唐土の鳥が日本の土地に渡らぬ先に、セリこらた

たきのタラたたき」読めば判るが、鳥追い歌である。穀物を作る上では害となる

鳥を追うという意味もあるが、古代では疫神は外界からやってくるものという考

えがあり、「外界から来るもの→渡鳥」という連想で、「鳥は疫神を運んでくる」と

いう発想になったのではないか。いずれにせよ、年頭に一年の無病息災を願う

有り難い行事である。】 


 っていうことから、@季節の折々、いつも無病息災・有り難いご利益などを願い

つつ暮らしてきた我が日本民族。慎ましやかに暮らしてきた先祖たち。曲がりな

りにも経済大国の一員として生きてきた者としては、ほんの片田舎の坊主でも

慎ましく生きることは難しい。A古代の「災いは外から来るもの」って、鳥インフル

エンザのことを考えると今の世相と変わらない。よって、Bグローバル化の波は

21世紀のみならず人類永遠の流れだったことを知る。C「孤立した社会」という

ものはなく、リンクしあった相関の世界の中の私たちであることは、釈尊の教えの

基本。「我執を捨てよ」

 具体的に言えば、「あなたの嫌いなあの人も、あの人の子どもも孫も愛せます

か。故なく憎んでいませんか?自分だけがいい思いをしようと思っていませんか

?」っていうことだよね。

七草粥って、そんなことまで考えさせてくれるありがたい行事だね。



1月5日(木)曇りのち小雨

 出先から帰って、キッチンに鍋があったら中を覗くのは楽しい。「おっ!カレ

ーつくったの?」「・・・・・おでんがあったでしょ。あれで作ったの!」

 自前の大根に手作りこんにゃく、玉子に練り物も入ってストーブの上でゴトゴ

ト煮たあのおでん。「うちのおでんは最高だね!」と、次男と二人でほくほくし

ながら食べたあのおでん。昨日食べてしまって汁だけになっていたのが、にん

じんが入って華麗に変身!我が家本来のカレーではないが、匂いがカレーな

ら元がおでんだろうがなんだろうがかまっちゃいない・・・か?

 「おいしいでしょ?」と言われて味見したが、そこそこカレーの味だった。カレー

南蛮の素だと思えば食える。それにしてもおでんをカレーにリメイクするなんて、

うちの嫁さんもやるね。もうすぐ主婦歴25年。結婚してからのほうが実家にい

た時間よりも長くなってしまった。これからもどうぞヨロシクお願いします。



1月4日(水)曇り

 「2206円入りのお年玉って何か意味があるの?うちの娘の同級生が当たっ

たって言ってた。でもなんで2206円なんだろうって不思議がってたよ。でも、

その子だけまだ進路が決まってないからご利益あるんじゃないかって喜んでた

けどね。」

 先日の年越し読誦会でお手伝いしてくれた高校生(三男の先輩たち)に、数

ある中の西暦入りのお年玉が当たったらしいのだが・・・夕方来た親友がそん

な情報をもたらした。言われてみれば・・確かに200円多くいれた。なんでだろ

う?わからん・・・入れた本人が分からんのだから・・・何か、不思議な仏様の

計らいがあるのかもしれん。一番のお年玉をゲットしてまたその上にご利益だ

から、ちょっと欲深かもしれんけど、ご利益・・・期待してください。

その人が一番輝けるように仏様は計らっているはずです。



1月3日(火)晴れ

 母に「年金受給者現況届」の用紙が届いた。葉書の形式である。「切手張っ

て出してね!」というから見たら、貼付欄には「切手をはってください(50

円)
」とある。豪華な保養施設をただ同然で売却したツケがこんなところに・・・

保険庁の仕事の範囲なんだから、切手代は当然保険料の中で賄えるはず、

です。切手代までしっかり請求の社会保険庁様、くれぐれも無駄遣いしないで

ね、と言いたい。


 そして、高速道路の料金所でのこと  先日日田のインター出口で救急車と

遭遇した。当然ETCの出口へ行くものと思っていたら、な〜んとなんと

一般出口に並んだ。並んでいる間、サイレンを止めていた

多分料金払って出て行ったんだろうが、信号ではすっといつものように通って

行った。涙が出るくらい芸が細かい・・・救急車両の優先権ってそんなものなの

か?日田の消防署の予算が少ないのか? ネットで見ると、日田だけではない

ようだ。しっかりしてよ、お役人さん <`ヘ´> 救急車にETC 必需品でしょ?

私の車にはついてないけれど。 



1月2日(月)曇りのち晴れ

 新春は、民放の映画! 夕方から「トロイ」「キング・アーサー」」「アレクサン

ダー」と続けて見た。愛と忠誠と団結、信念と希望 人が人として生きていくた

めの思いや願いが込められて壮大な叙事詩のように・・・戦闘シーンが多くて

疲れる。嫁さんはご飯を食べて腹が膨れてうつらうつらしながら見ている。「挑

戦されたら、犬でも戦う」 確かにそうだ!うちのゴン太でも、この間鎖を外れ

た犬から吠えかけられてちゃんと「ワン!」って威嚇してた。脅しへの答えは、

私は戦う意思がある!でも、それって本当に正しいことなのか?「正しくは無い

けれど、生きるためにはしょうがないだろ?」で、ほんとうに良いのか?


 「トロイ」の中で「次の世か、あるいはまた次の世で結ばれるだろう!」と恋人

通しが思いを交わす場面があったが・・・うつらうつらから覚めた嫁さんに、「俺

たちって、明治時代くらいに、来世を契った仲だったんかねぇ?」と言った

ら、「?なんのこと?」と言われた。夫婦親子は時空を超えて結ばれるというが、

そうであったら嬉しいと思う。



1月1日(日)快晴

 新年明けましておめでとうございます 

 本年もどうぞよろしくおねがいいたします


 元日はあまりお天気が良くないと思っていただけに、きょうの好天は最高の

お年玉のようでした。


 で、お年玉をもらえない年になって何年になるんだろうとふりかえると、・・・・

ちょうど、30年か〜ふっ  大学卒業して嬉しかったのは、給料貰える!自由

に使えるお金だ!だった。本山の学生見習い僧だから、ほんのお小遣い程度

だったけれど、それでも親から貰うお金じゃなく、自分が働いていただくモノに

は格別の感慨がありました。次男も今春帰郷して就職なのですが、曰く「とりあ

えず、今年まではね!頂戴!」 

 広辞苑を引いても、『新年のお祝いの贈り物』と、そっけない。新年を寿ぐ贈り

物であるならば、お互いに贈りあってもよさそうなものだが。お歳暮は目下の

者から、お年玉は目上の者から贈るらしいから、就職した暁には次男にはお歳

暮を請求しよう・・・



 私の今年一番のお年玉は

平和を求める心を大切に 憲法九条こそ 子や孫に伝えたい宝 
 
 生き続ける妙法の魂 御佛の願いとともに

              九条を活かす気持ちを伝えていくことです。