No.36
6月30日(木)晴れたり曇ったり 時々雨 蒸し暑い
 昨晩のこと、妻が電話でちょっと声を荒げている。最後は「だったら、他の方にお譲
りしてください。うちはお断りします!」発端は昼過ぎの電話からで、それには私が出
た。「こちらはラジオ講座の会社ですが、お父様ですか?実はお宅のお子様に(白羽
の矢が立って)講座を受講して成績が上がったというPRに協力していただきたい。で、
検定を受けていただきたいのです。どちらの高校ですか?なんたらかんたら」「子供
はクラブ生だから9時過ぎじゃないと帰ってきませんよ」「じゃ9時頃に」という話にな
っていた。帰宅した嫁と本人に確認すると、その気はなし。
 午後9時50分過ぎに例の電話。最初から断ろうと構えているもんだから、その気配
を察して向こうも「うちの会社を信用しないんですか?お宅のお子さんにイイお話だと
思いますがね」等と言ったらしい。終わって妻が「あなただったら押し切られてるね。
前もあんなんで地区の勧誘にうちの名前使われたりしたし、イヤだ。検定受けたりし
たらね、絶対ね、教本売りに来るよ!」 断言の嵐、さすがうちの嫁さんは百戦錬磨!
手強い。お断りの名手に感謝。お年寄りばかりだとこうはいかないね。

 戸別訪問と電話勧誘と・・・数打ちゃ当たる、んでしょうね。そうやって何回か騙され
るとガードが固くなって、”他人の(~o~)を見たら(悪徳)セールスマンと思え!” 固く硬
くなった心は自分でももてあますけれど、やっぱ人間は優しい人に弱いもんだからコロ
ッと騙される(こともある)。騙す人より騙される人のほうがイイ・・・

 中学の頃、「百科事典と英語のテープで学習」の訪販にコロッといった。「ホントに続
けるね?!」「ハイ!します!」親と自分と騙したニガ〜い記憶が蘇る・・・

きれいに出来た切り干し大根
 妻曰く「たったこれだけなんだけど、元は4本の大根だったのよ・・・農家の苦労が
よ〜〜くわかります。買うときは高い!って思ってたけどね」


6月29日(水)晴れたり曇ったり 時々雨
 珈琲工房にて帰りしな、「あんた、孫が出来るバイ!」と言われた。おっと!俺には
どっかに隠し子でもおったんか??と一瞬我が耳を疑ったが次の言葉にホッとした。
「あんたんとこのゴンちゃんの孫が、来月11日に出来るっちゃんね」と、例のニコニコ
顔で言うマスターは大の犬好き・・・ゴールデン2匹(ももちゃん・ろんちゃん)とビーグ
ルのはなちゃん(ゴンちゃんの娘、今回の主役)・・これ以上どうする???猫もいた
よなぁ、確実に1匹は増えるから2人と5匹・・・ね。好きな人は何匹いても関係ないん
だろうなぁ。

 何匹?何人いてもかまわないのが親友と呼べる人。今晩お通夜の方は、元学会員
だったらしい。ご本人が亡くなって、葬儀社からの依頼で枕経・お通夜と伺いました。
なんと喪主は、友人。「臨終の事を習うて後に他事を習うべし」とは日蓮聖人のお言
葉ですが、良い友だちがいて良かった。故人の生前の振る舞いによっちゃぁ「わたしゃ
知ら〜ん」という寂しいお弔いになりかねないですからね。友人やアパートの家主さ
ん方に見送られて、「今生人界の思い出」とともにお釈迦さまのおわす霊山浄土へと
行かれるのでしょう。少子化が進むと、今日の方のように友人同士で喪主を務めあう、
なんていうことも普通になっていくのでしょうか?
 財産が残ると、葬儀後になって親族ぞろぞろお出ましっていうこともありうる、う〜む。


6月28日(火)晴れたり曇ったり 時々雨
 すこ〜し梅雨らしいお天気、みんなの普段やらない善行が功を奏したか・・・北九
州地方は、まだまだこんな雨じゃ潤わないですね。がんばれ!みんな!もっともっと
イイことを・・・

 天瀬町の高塚地蔵さまには、旧姓田村亮子選手のお母さんが奉納されたお札が
で〜んとあるとか、法事で聞きました。「本人が参ったんじゃないけんね・・」とその方
は言ってましたが、今度の妊娠報道でお札の光も増しているかも・・・親の七光りでは
なく子の七光りですね。本人の記者会見では「田村で金、谷で金、ママでも金が願い
です」と正直な言葉。まず、母胎ともに健やかなことをお祈りします。

 『我がこの土は安穏にして天人常に充満せり』 それを素直に受けられる心持ちを
我が掌中につかむには・・・満ち足りた心に至るには・・・感謝と恩を感じる気持ちだ
ろうなぁ
 


6月27日(月)曇り
 
 明治6年(1873)閏6月大干ばつ 日蓮宗の大信者圓川常助を導師に豆田の川
原町で雨乞いの祈願。当時は僧侶も常駐の状態ではなかったので、信者が導師と
なって、円満具足の大曼荼羅・八大竜王を勧請し法華経読誦・唱題三昧、太鼓を打
ち鳴らし、周りを見物人が囲んでいる。その甲斐あって雨が降り大いに潤う。この図
は村民がお礼のために納めたと書かれている。天をも動かす赤誠の祈りっていうの
が、確かにあった図。信じるか信じないか。
 それから、132年。現代は衛星があり、予報が発達しても最後は因果の道理のま
ま・・・のはずだが。このお寺の信者・檀家さんはほとんどが病気平癒による改宗です。
ご祈祷で治ったんです。祈りの力って強いですね。
 


6月26日(日)雨のち曇り
 雨粒キラリ
 昨日伺った豆田町のお宅、「うちの前の溝、ご飯粒でハエが釣れるんですよ」 
トリニータのT選手の奥様のお父さん。幅50センチ足らずの小溝だが、子ハヤ(日
田ではハエという)がちょろちょろすいすいと泳いでいるのが見える。うらやましい!
釣れなくても全然かまわないが、川に魚の図大好き。これに沢カニが加われば最
高!イイなぁ・・・こんな所に住みたいなぁ・・・ほんの400メートルくらいしか離れて
ない豆田町。風情があるなぁ・・・もうすぐ祇園祭り。中城町の神社でも毎晩集まっ
てますし、お祭りの準備も着々と出来ているようです。梅雨が明けてかぁぁ!と暑く
なって・・・その前にもうちょっと降ってもらわんとね。水郷日田名物、三隈川の鮎も
小溝のハエも雨を待っています。

 そうだ!雨乞いだ!普段、しつけないことをすると雨が降る〜昨日、嫁さんが初め
て切干大根を自家制作。きれいに切って干したら雨が降ったぁ、はっはっは。生と炊
いたのと、2種類したら炊いたものにはアリが寄ってきたそうで、糖分がでたっちゃ
ろうね?と言う。どうなんでしょうか?
 とりあえず皆様も、普段しつけない事ガンガンしてください!「しつけないこと」って
言うくらいだから、やっぱイイことでしょね、人の喜ぶこと(^^♪おねがいします(~o~)


6月25日(土)快晴
 お祓いといえば、先日あるおばぁちゃんから「お向かいのボイラーの音が小さく
なるようにご祈願お願いします。夜中ウオンウォンいって寝れないのです。」と言
われた。「・・・それはね、ちょっと無理です!」と言うが聞かない。「お向かいには、
直接お話もしたし(お金も私が出して)ブロックもしてもらったんですがね・・・それ
で、音が鳴り始めたら『妙榮寺の和尚さん音が小さくなるようにお願いします。』と
言いながらお題目を唱えて護符を頂くとね、小さくなるんです。だから、お寺のほ
うでもご祈願お願いします。」
 そこまで言われちゃせずばなるまい!気持ちが良くなるならば。頭の良いおばぁ
ちゃんだから、(無理と分かっていても、和尚に聞いてもらえれば)音を大きく感じ
るも小さく感じるも気持ち次第は百も承知。おなたがそれでセイセイするならば、
他人に迷惑かけるじゃなし、頑張ります。不満は、溜めておくのが一番悪い!

 なにげなくTさんの噂をしたのは確か昨日だった。そのTさん、ユリの花束を抱え
て来寺(~o~)  帰るところを呼び止めてパチリ  この時期お花は仏様への何より
のご供養です。ありがとうございます。
 


6月24日(金)晴れ
 朝、電話でお祓いを頼まれる。新築移転中の病院で、取り壊し中の旧館と新館。
患者さんは既に新館に移動済みなのだが、最近やたらと急患があるという。院長
先生が事務長さんにお祓いを命じた、という次第。繁盛しているならイイではない
か?というところだが、病院ともなるとそうはいかない。急患があれば手術も必要
だし、中には薬石効なく・・・ということもあるだろう。檀家さんの中には入院中に
(久留米のほうの大病院だったそうだが)部屋の中でたくさんの亡霊を見た、とい
う方もある。院長先生は(まだ若い方だが)、繁盛しすぎることを心配したようだ。
 法人関係ではお祓いに業務繁栄とか商売繁盛とかの祈念が付き物だが、今回
はちょっと趣が違う。旧館建物への感謝、地神宅神水神三宝荒神眷属へのお礼、
関わる諸霊への供養等念入りにいたしました。誰でも天寿を全うしたいもの、病も
天寿と達観しても「なぜ自分が病気に」「こんな所で死にたくない」という思いは強
いはず。回向では、方便品の「諸仏世尊は衆生をして仏知見の道に入らしめんと
欲して世に出現したもう」お自我偈の「毎自作是念・・・」それぞれ、仏様の願いを
諸霊に届けました。
 


6月23日(木)朝ちょっとの雨 ほんのお湿り程度
  浦島草とコスモス すでに晩夏の風情・・・
 次々と初盆や法事の予定が入り、8月の予定表を埋めていく・・・「カンタカキャン
プの日程を入れておかねば、する時がなくなってしまう」と、思いつつそちらのほう
は後回しになってしまう。なんとかせねば・・・
  


6月22日(水)晴れのち曇り 玖珠あたりは夕方少雨
 若い頃「ピ〜ンポ〜ン」と、口で言いつつ裏口から入って来ていたMちゃん(と、
うちでは呼ばれている)ケーキ持参で来訪。「奥さん居るかなぁ?」入れ違いでカ
ットに出たばっかりだったので、私がお相手。彼女は嫁さんの手話を習ってた頃
のお友達。長男が入学する頃からだから、かれこれ18年位になるか。
 筆談のついでで、お互い年はいくつになったか?という事になったが、ずいぶん
と誤解があるらしく「うちの嫁さんが40前半で、私が45くらいだろう・・」と言う彼女
は38。顔を見れば変わってないような気がしているけれど、(私は)体力の衰えは
隠せない。

 「最近疲れる・・・会のお世話とか、大会の接待とかいろいろあってですね・・」頑
張りやさんだから、一生懸命他人の世話で東奔西走しているようだ。たま〜に来
ると、堰を切ったように話をして帰る。元気を振りまく彼女はどこで元気を満たすの
か。心のきれいな人は、疲れる度合いが私らとはずいぶん違うだろうなぁ、と思う。
抱えきれない疲れ・・・話を聞くだけで疲れが取れて、少し軽くなるならお手伝いし
ます。受け取った疲れは・・・私は、昼寝で回復させます。今日はお通夜で別府ま
で行かなくっちゃ・・で、1時間も寝てしまった。


6月21日(火)晴れのち曇り
 「昔、自分は飛行兵で、終戦間近い頃、海軍少将をある飛行場までお運びしま
した。そこには、特攻隊の隊員がいました。少将は居並ぶ隊員に『日本はもう間
もなく負ける。いま諸君が特攻しても局面は変わらない。しかし、命を懸けてこの
作戦を遂行して欲しい。』というようなことを言われました。その後、(たかが)下士
官の私にもねぎらいの言葉をかけてくれました。結局その少将は、終戦の時に切
腹されましたが。」
 命令する者は、自分の命令によって職に命を懸ける者がいることに気づいて欲
しい。会社員でもそうだし、自衛隊員もそう。先日のTVでは、イラクの劣化ウラン
弾による放射能汚染の状況が報じられていました。なさねばならない尊い使命な
ら、総理はその意味を真剣に説明し、心に訴えて欲しい。檀家さんの話を聞いて、
イラクや靖国問題に関わる政治家の姿勢を改めて考えました。「誠実さ・真剣さが
足りん!」って思いますね。


6月20日(月)晴れ
 日中はとても梅雨とは思えない暑さですね。どうなっちょんでしょうか??雨が
降らない分、朝晩は涼しくて過ごしやすいですが・・・なんでも、朝顔が花を咲か
せずに終わってしまった、というお宅もあるそうです。境内ではウラシマ草が咲い
て、かぼちゃもだいぶ大きくなってきた。なんかようわからん・・・とにかく朝夕の
水遣りを欠かさないようにせねば・・・

6月19日(日)晴れ
 三男が、ボートの九州大会(本人は補欠なので応援のみ)に行って、さっき帰っ
てきた。お土産があって、薩摩芋タルトと焼酎饅頭???妻曰く「お寺の子なの
に饅頭のお土産なんてね・・」と言いつつ、かなり嬉しそう。親にとっちゃぁ、何で
も嬉しいですよね。「仏様に上げておいで」 仏様もお喜びでしょう。

 仏教とは・・・仏様の呼びかけに気がつきその願いに応えること。いろいろ言っ
ても、やっぱこれでしょうね。気がついて行う。毎日がその繰り返しで飽くことなく
歩む。ともに歩く人があるなら、最高!


6月18日(土)晴れ
 「孫は可愛い!」という言葉をよく耳にします。そう、人は「おぎゃー!」と泣き
声をあげた時すでに、周りの大人に喜びを与えています。待ち望んだ子や孫・
・・子供は、単に養育され庇護されて支えられているだけではなく、両親や祖父
母を支えて生きる力を与えています。見つめ見つめられて育った親子関係は、
喜びに満ちています・・・お互いに認め合うこと、それが出来れば家庭円満・・・
なのに、それができない。仏様は言われています。「毎自作是念 以何令衆生
得入無上道 速成就仏身」 私は、いつもいつもあなた方がこの上なく良い境
涯に入って、すっと仏の姿になるように祈っているよ〜

 昨日は祖母の祥月命日忌でした。元気ならば、今年100歳を迎えるはずだっ
た。私は祖母から何を受け継ぎ、何を次の世代に伝えていく事ができるのか・・・
父方の祖母は若くして亡くなったので全く知りませんが、少なくとも3人の祖父母
の生き方や話し振りはしっかりと記憶に残っています。それぞれの方がどういう気
持ちで暮らしていたのか、自らの記憶をたぐり今のわが身と比べてみる事も、因
果の道理を知るという意味では良い事かもしれません。過去は祖父母に、現在
は父母と自分に、未来は子や孫に置き換えてみると、目の前に厳然と三世が現
れてきます。話の世界ではなく現実の姿として。因果を断ち切ることはできません
が、良い因を作ることはいつでも出来ます。


6月17日(金)晴れ
 金魚1匹しか入ってないはずの水槽にて、メダカ4匹発見!ウォーターレタスを
メダカ池から持って来たのに卵がついていたんだろう。そ〜っとヒシャクですくっ
て別の水槽に入れる。その事を夜妻に話したら「私だったら、金魚のほうを別の
に移すバイ」「なるほど〜!そういう手もあったね!」原因になるほうを取り除け
ばあわてなくてイイ理屈、妻は深い・・・と思った。
 

6月16日(木)晴れ 
 あるHPを見ると「・・・で、仏法は威儀である、と改めて感じた」と載っていた。
で、検索すると様々な「仏法とは」が出てくる。坐禅である・道理なり・反省自覚
法・世法・讃嘆・智慧の泉・卒業なし・まだ生きている・勝負・・・人・宗派それぞれ
の仏教受容というマイ・ブッポウがあるのは別にかまわないが、「仏法は勝負!」
これだけは勘弁して欲しい。負けてからが仏法・智慧の泉(ちなみに、《勝負!》
と同じ宗派で言ってます)の出番じゃないだろうか。「それは・・負け惜しみだよ」
と言われそうだが、『釈子日蓮』の勝負好きも、(内容的には)道理が正しいかど
か・・・であって世間で言う勝ち負けっていう意味じゃないと思いますけどね。


6月15日(水)晴れ
 「私もあの後すぐ大型免許取りましたよ。バイクはすぐには要らないとか思って
たけど、やっぱ欲しくなって・・ヤフオクで、大阪から取り寄せました。陸送代込み
で30万円。83年式くらいのCB750Fっていうヤツだけど、みんなに写真見ても
らって『これならイイよ』っていうことで。実物は極上!イイですよ〜!」
 お母さんの祥月命日のお経が終わって、そこそこにバイクの話。「もう年だから
古いのがイイと思って・・」「見せて!」「それが、ちょっと離れたところにガレージ
を借りてるんでココにはないんです。」それにしても、22年も前のバイク、よくまぁ
その気になると感心。私より若いくせに・・・

 「モノを大事に」っていうことと、「旧い物好き」っていうのは、多分違うね。私は
ケチだけど(・・だから?)、とくべつ旧い物が好きっていうわけじゃない。ノスタル
ジックというか、郷愁をそそるというか、モノに対する思い入れがあまりない。
 よく「お寺さんには古い物がたくさんあるでしょ?」と言われるが、歴代の和尚も
私と一緒でモノに対する執着が無かったようだ。鑑定団に出品するようなモノは
な〜い。4代遡ると歴代上人方との血のつながりはないけれど、このお寺のDN
Aというか、質素を旨とするというか、他人に見せるような物は無くて・・・早い話が
貧乏寺だという歴史が見えてくる。
 宇治山哲平画伯と言う、大分県ではかなり有名な方が、若い頃お寺の借家に
住んでいたと言う。その哲平氏が「お金が無いので、私の描いた絵で家賃を払
いたいが」と申し出たが・・・3代前のお上人は断ったらしい。檀家さんから聞い
た話です。この場合は旧い物ではないけれど、審美よりも現金。

 旧い物は、性能もさることながら官能的な音やスタイルが持つ者を魅了する・・・
分かる人には分かる世界、のめりこまないと見えない世界ですね。
 とらわれない自由な心でないと見えない世界 VS のめりこまないと見えない世
界 両翼のようなもの?案外近いのだろうか?

 
6月14日(火)曇り
 落書きの幼稚化・・「どうせなら≪知的な落書き≫を消したい!」消す人・怒る!

 《ドロップアウトした若者の行動に詳しい古賀正義中央大教授(教育社会学)は
「難解な漢字を使って強烈なメッセージを示す落書きは、暴走族など統制のとれ
た集団が書いていたが、最近の若者は個人化して統制もない。そんな若者が自
分の存在を示したくて落書きしているから、自己満足でメッセージ性もなく、意味
不明な内容になっているのではないか」とみている。》河北新報より

 落書き消す人は、消す事に(ある種の)快感を感じている。ちょうど道路に落ちた
タバコの吸殻を拾う人のように。「落書きしなけりゃ(タバコ捨てるヤツがいなけれ
ば)、私たちこんな作業しなくてもイイのに!でも、町がきれいになるのは好き!」

落書きは・・・芸術的に書いてもらいたい(消すのが惜しくなるくらいのヤツ)
歩きタバコは・・・火を消して捨ててね(火事にならないように)

 
6月13日(月)快晴
  
 玖珠の、とある所へ桑の実拾いに行って来ました。 ♪山の畑の 桑の実
小籠に摘んだはまぼろしか
♪ 桑の実・・・黒いっていうのは聞いていましたが、
この年まで見たことも食べたこともなかった。どんなんだろう?興味津々!Sさん
宅に到着。 「ちょっとそこだから」と言うので、歩いていくことにしたけれど・・・谷を
越え林を抜け「森林浴みたいで気持ちいい!」と言いつつ、タバコ畑の脇を通り
約10分、「ハイ、ココよ。ほら!あれ」
 私の膨らんだ想像では・・黒くてもっと大きい粒・・のはずだった。「食べてみる?」
とりあえず落ちているのを試食すると、ほんのり甘くて・梨のような・ま〜不思議な味。
これで腹いっぱいになるっていうのはちょと難しいかなぁ・・ヨーグルトと和えて食す
と酸っぱさが甘みを引き出しグッド。妻は「近くにこんな林があるとイイね・・草刈りは
せんけど・・」草のにおい、林の木蔭、気持ちのいいところでした。

 
6月12日(日)曇りのち晴れ
 ある方からメールで、「日蓮宗のお題目と他宗のお題目とに違いがあるか?」
と私が先日書いた文に対し、《読み方が違います。私は最近知ったのですが、正
宗の機関誌で「なんみょう・・・と唱えます」ご丁寧に「身延派は、なむみょう・・・」
と書いていました。》という指摘をいただきました。ありがとうございます。

 チョウチョは「てふてふ」と書いて、昔の時代の読みと表記は違うらしい。「南無
妙法蓮華経」は昔の表記では「なむめうほうれんぐぇきゃう」だったかな?そう聞
いたような気がする。間違いだったらごめんなさい。
 じゃ今なんて唱えてるか?私は「なんみょうほうれんげきょう」です、意識しなけ
れば。回向の時は丁寧に「なむみょうほうれんげきょう」と言うように心がけていま
すが、普段は「なんみょう・・」って言ってますね。太鼓や木鉦を叩いて早口になる
と、どうしても「なん・・」って唱えたほうが力も入りますし、言いやすい。ただそれだ
けです。意味っちゃありません。だから何?っていうのが、正直な感想です。もとも
と「なーむorなーも」の音を漢字に写したわけですから、音自体で言えば「なむ」が
元の音に近いでしょう。
 ど〜しても、区別をつけたいS宗の面々ですが、日蓮聖人の御書にはそう唱え
ないと功徳が頂けないとでも書いてあるのでしょうか?調べた限りでは御書には
漢字でしか書かれていません。S宗の御書には(日蓮聖人自ら  ここが大事)ル
ビでもふっているのか?口伝でしょうかね?関係ない方には、なんの実りのない
話ですね。焼香は何回するのが正しいか?っていうのに似ている。

 ついでに言うと、日蓮宗は「身延派」と自称したこともなく、現在○○派という派
閥もありません。お年よりは日蓮宗といわずに法華宗と私たちを呼ぶこともありま
すが、現在は全く別の宗門です。法華宗には真門流・陣門流等いろいろな派があ
るようです。


6月11日(土)雨のち曇り 
 この間、「いつ頃から幽霊とか恐くなくなった?」と聞かれました。「幽霊・・見た
ことないからなぁ・・昔の本堂裏はネ、真っ暗で棚には骨壷がズラッと置いてあっ
て、悪いことするとしこたま怒られて、物入れに詰められて反省させられた・・・幽
霊とかなんか、いそうで怖かった。雨戸を閉めるのも暗くてイヤだった」 暗い=幽
霊が出そう〜 何でも出るまでが怖い・・・想像を逞しくするから。素顔を見てしまっ
たら結構いけるのが普通。 
 私は魂とか幽霊とか見たことはありませんが、坊さんになってからは納骨堂も
夜の本堂も怖いと思わなくなりました。何でかなぁ?と思うのですが、基本的に
「悪いことをされる」という意識がないからでしょうし、暗いところがむやみに怖い
子供の心理状態から解放されたのだろうと思います。先祖の霊、会って見たい
ですよね。波長が合わないのかなぁ。一番会ってみたいのはやっぱり・・父でしょ
う。母はね・・元気ですから。

 父母ありてこそ今の自分がある。
 血脈相承(けちみゃくそうじょう)という言葉があります。宗教的には、代々教え
の継承者としての正しい血筋を伝えているかどうか。「次から次へと伝えられてい
るものが正しいもの」と主張するためには、その源流が正しいからこそ意味がある、
というのが世間の常識ですが・・中には「源流(お釈迦さま)はもう駄目になったけ
ど、途中からは正しく・伝えるべきものは唯一正当」なんて一生懸命主張する変な
ところもある。わからん・・・良い親に恵まれなかったか?親だけが悪いのか?


6月10日(金)曇り夜雨
 よく言われることに「日蓮宗のお題目と他宗のお題目とに違いがあるか?」とい
うのがありますが、多分ないでしょう・・・お釈迦さまの心に適いたい、気持ちで思
いその通りに行う覚悟があるなら・・・問うている人は「功徳の大きさの違い」とか、
「正当性」を問題にしているのでしょうが、そんなものは多分にトラワレの心のな
せる業、です。100万遍唱えても、自分のみが正しいと囚われていたとしたら、そ
こから間違いが始まるでしょう。

 一週間ほど前にメールをいただきました。水子供養を申し込まれた方からでした。
《私事、二人目を妊娠いたしました。妊娠が判ったのが5月の半ば。水子の供養
が終わって一ヶ月半、本当に不思議で、有難くて、言葉ではうまく表現できません。
 なにか、3人の水子達が、自分らの供養されていることを知って改めて私のお腹
の中に宿ってくれたような気がするのです。また、夫婦がエゴで子供を望むだけで
は駄目で、やはり目に見えない大きな力が時期に適った時に授けてくれるのだと
も感じました。》 今あることに気づき、感謝する心 大切です。  


6月9日(木)快晴
 嫁に行って50年・・しかし、嫁ぎ先のお念仏が口から出てこない・・・まだ若い
頃、お舅さんが「ナムアミダ〜」と、お参りしている脇で、お仏飯をあげながら「南
無妙法蓮華経・・」と思わず唱えていた・・朝ご飯の時にお舅さんから「南無妙法
蓮華経は我が家ではいけません!」と、たしなめられた経験があるそうな。

 でもね、法華経には阿弥陀様も2回出ていらっしゃるんです。お釈迦さまが「法
を拠り所として人を拠り所とするな」と最後のお説教で仰った事を忘れてはいけま
せん。お釈迦さまは「南無釈迦牟尼仏」とも「南無阿弥陀仏」とも「南無大師遍照
金剛」ともその他もろもろは言われなかった。もちろん「南無日蓮」ともね。
 日蓮聖人は「法の中にこそ真実があり、それこそが帰依(きえ  究極のよりど
ころ)の対象である。」と信解されたから・・・(主・師・親の三徳を備える=チョー大
好きな)お釈迦様に対してさえ、「南無釈迦牟尼仏」と言えば良い、とは仰られな
かった。
 
 なのに・・・
 顕S会やS価学会、その基になった日蓮S宗のように、「日蓮聖人こそが末法
の本仏」だと思い、聖人自身がそう仰っていると主張するならば、聖人の「他宗は
釈尊をないがしろにしている」と言う痛烈な批判はわが身にこそかかって来る。


6月8日(水)晴れ時々曇り
 毎朝7時前、お寺の前をバリバリバリと音をたてて行く、律儀な通勤暴走族。彼
も、《リーダーの統率を嫌い、少人数で、ツーリング感覚の暴走族が増え、平均年
齢が高くなっている。》と言われるうちの一人だろうか。たいていのバイク乗りは、
(実は)他人は「カッコ悪!バカみたい!」と思って見ていたとしても、自分の中で
は(あくまでも)「俺ってカッコいい!」 先日は、49歳の出戻り暴走族逮捕なんて
いうのもあったし、気持ちはどこまでもティーン! バイクは自由な乗り物、心のま
まにゆっくりも速くも走れます。後は乗る人次第。その意味では心の修行にもなる
のか?

 
6月7日(火)晴れ
 この間ある方から日蓮S宗の「折伏必携」をいただいた。『折伏50問50答編』
懇切丁寧に布教の際の答えが書いてある信者必携のマニュアル本。そのまま
引用させていただきます。

問16「宗教といっても人間が考え出したものではないか。」

答え「(中略)仏法は、考え出したり、作られたものではありません。最高の智慧
をもった方(これを仏と申し上げます)が発見した宇宙の実相(生命の法則)を、
そのまま説き示したのが仏法なのです。」

問17「仏といっても人間だから間違いはあるはず。」

答え「仏もたしかに人間ですし、もとより仏法では、仏を「人間とかけ離れた完全
無欠な超越者である」などと説いているわけではありません。したがって、仏様
であっても、字を間違えたり、記憶違いをする等と言うことは、人間のもつ一面と
して当然であります。
(中略)したがって、仏も人間であるとはいえ、全ての人々
を絶対の幸福に導く法(仏法)のことにおいては、間違いなどはないのです。そ
の上で、字の書き間違いや勘違い等ということは、人間であるが故の不可
避な部分であり、むしろ、これが全くなくなれば、同時に、人間として生きて
いく上の、潤いや魅力も損なわれてしまうのではないでしょうか
。(中略)仏
の説かれた法には間違いなどありませんから、(中略)」

発見! 字の間違い、記憶違いは許せるが、論理のすり替えはイ・ハ・ン!問16
の仏と問17の仏は別々の方なの?日蓮聖人が唯一最高の本仏であると言い張
れば、苦しい言い訳をしなければならない。必携の筆者もこの文を書きながら「俺
なんでこんな文章書いてんだろう」って思わなかっただろうか?
 


6月6日(月)晴れ
 ギター独習1ヶ月 なかなか・・「ギター難しいです〜」と言うお嬢さんがあって、
息が合った。高校1年生、入学と同時に軽音楽部入部、でとりあえずギターとなっ
たらしい。と言うことは、私とあまり違わないキャリア。「Fコードって特に難しいよ
ね」と言ったら「Fは人差指をちょっと横にするとイイそうですよ」と教えてくれた。
なんでも話の種にする・・「今度法事の時は、おじいちゃんの供養に弾いてね・・」

 彼女は重い引き物を車まで運んでくれた。「私のほうが力があるから持って行き
ますヨ」と遠慮したが、お母さんが「いいえ、持たせてください」と仰るのでお任せ。
お膳の席でも子供たち3人よく気がついて動くので、見ていて気持ちがいい。こう
いうのを良い因を植えていると言うのでしょう。使って覚えさせる、なかなか出来
そうでできない家庭教育です。


6月5日(日)晴れ
 朝、車のラジオのスイッチを入れると・・・「今日は友引なので結婚式が多い」と
言っている。 6月・ジューンブライド・友引・・昨日は、お寺の息子さんの結婚披
露宴に出席しました。ちなみに昨日は「先勝」
 「何の意味もない暦の六曜だから、カレンダーから削除しましょう」と言われて
久しいが、一向になくならない。なぜだろう?縁起の良い日を求めるから?せめ
て・二人の門出は良い日にしたい、という願い。これからの二人の運命を作るの
は、二人の努力と考え方であって出発日ではない。わかっちゃいるけど、やめら
れない・・・
 その点、昨日の御二人は、考えうる全ての関わりのある方々へ「Special Tha
nks」の印刷文がお席表に添付してあった。これは今の流行りか?それとも・・ホ
テルの知恵か?とも思うが、大したもの脱帽です。今から25年前の自分の時は、
とてもこんな事考えてやしなかった・・・そう言えば、お兄さんの時もしっかり感謝の
挨拶をされてたなぁ・・・今の若者はしっかりしています。こんなお坊さんのいるお
寺は檀家さんも幸せだろう、感謝が行き届いているのだから。

 信心・信仰の基礎は感謝・恩を感じる心である、と思う。
 靖国神社の方は「国のために命を捧げた御祭神を国の手で護持すべきは当然」
と言い、その祀りは日本人の信仰からきていると言う。でもやはり「仏教徒である
人が、『国のために』死んだ時のみ神として祭られるシステムはおかしい」 靖国
問題に関して以前も書きました。なぜそれが、平気なのか?神社側は、「国営護
持は望まないが、1宗教法人以上の立場を主張」とも言います。皆さんは平気で
すか?特攻隊の方々は「靖国で会おう!」と言われたけれど・・・・・・・・・・

 
6月4日(土)晴れ
 大分市にて顕S会のK島さん、S田さんと会う。「カンギョウショ読んでくれました
か?」「い〜や、読んでない。読むなんて約束してない」K島さん「それじゃ話にな
りませんね・・読んだから、会って話をする事になったんじゃないんですか?」私「
そもそも、会長さんの偏見でかかれた物を何で私が読まにゃならんの?あなたが
会いたいって言うから、私はここに来ただけですよ。」ちょっと話がかみ合わない。
S田さん「とにかく、現証がすごいんですから!入信してから、私の子供はガンが
消えたんです。」と普通の語り口で言う。「顕S会じゃなくて、現証会って名乗れば
いいのに」って言ったら、K島さん「正義を顕す顕正会です!」って、まじめに応え
てくれた。(・・・・意味は、分かってます。)

 あれこれ1時間半ほど話をして終わりに「これ読んでください。」と、顕S新聞を
渡してくれた。帰って読んでみると新潟大会の事が書いてある。一ヶ月前にK島
さんが言ってた中越地震関連では、婦人部のK原さんが「中越地震・豪雪相次ぐ
天災 先生の指導で奮起し赤誠の弘通」と報告されている。人の不幸を喜ぶわけ
ではありませんが、K島さんはついこの間私に「新潟地震では信者にまったく被害
は無かった」と断言していた。でも、会長講演では「新潟は全国に先駆けて災難
を受け、しかもそれをけなげに乗り越え・・・」話が違う!現証いのち!の風上にも
置けん・・

 さらに会長は「このことはたいへん重大なことで」と前置きし「《釈尊の因行果徳
の二法は・・・》と、(大聖人は)釈尊に寄せてお仰せになっておられるが、この深
はー日蓮大聖人が(中略)積み給うた功徳は」と、勝手に『釈尊』と『日蓮』を
読み換え、「仏様のお言葉にウソ偽りはない
。」と言う。(★これは5月25日の
顕正新聞にはっきりと書いてあります。)
 もっとも大事な教えを説く時に、日蓮聖人はご自身の名前を他の方に仮託する
だろうか???そういう読みを勝手な解釈、と言います。はじめに結論ありき・我
田引水・・それって詐欺じゃないの?

 彼女たちがまじめなのは認める。悲しくらいに一途である。多分、生まれて初め
て生き甲斐を見出したのだから。だから、それにまともに向き合う使命が我々に
はある、と思う。でもね、カンギョウショにアンダ−ラインをいれでもすれば、「邪宗・
身延派もあせって勉強」って書かれるのが落ちなんだよね。邪宗・身延派・ワカリ
ヤスイ言葉だ。


6月3日(金)晴れ
 テニスにて・・試合が終わりベンチに帰って、Nさんが「掛橋さんは試合中落ち
着いてますね」と褒めてくれる。しかし実際は、「うんにゃ!Nさんのボールが早
すぎて体が反応せんだけバイ!」 Nさんはまじめな人だから、反省しきり「最後
の詰めが試合を決めるんだよなぁ・・・ブツブツ・・・」 強い人が来てくれるとイイ
練習になります。その時は負けて歯がいくても(悔しくても)、別の相手と試合し
た時にすごく楽に感じます。
 で、嫁さんもテニスをします。練習から帰って言います。「他の人は着々と上手
になっていくけど、私の良い(=楽に勝てる)時はいつ来るんだろう??」まだま
だ苦節10年!二皮くらい剥けないと楽には勝てないかも・・・でも、彼女は良い
ペア・良い仲間を持っているのが財産。そうそう、良い仲間と言えば、普段ミック
スで私とペアを組んでくれているSさん。昨日大分で試合(女子ダブ)があって勝
ち抜いた結果・・な〜んと全国大会への切符を手に入れた!年齢別の優勝らし
いが、1ペアしか行けない優勝をもぎ取るとは・・恐るべし。彼女はヨミと運動神経
がよく、「これは勝ちたい」と思った時の集中力がまた素晴らしい。「10月は湘南
(で大会)よ!」
 常に勝つ・・顕S会やS学会会員でなくても、人間はそれを求めますよね。でも、
諸行無常は釈尊の悟りの根幹、まして人と人とが競い合って常勝であるはずも
なく、吹聴すればするほど現実からは離れていく。それを直視せずに、負けるの
は信心が弱いせいとか言われるなら心の休まる場所はどこにもない・・教義と組
織維持拡大の論理は両立しないもの、と割り切れば楽になる。大概の(強弁する)
教団指導者(アジテーターとも言う)はそう思っているはず。そう思わなければや
っていけないし、それすら思わないようなら良心が無い人・・アジテーション自体
が、動揺・不安・興奮を意味するのだから、それは「罰と功徳」理論に合致する?
 明日また、顕S会のKさんとお会いする予定です。頑迷なKさん、今度はどんな
理屈でくるか?


6月2日(木)朝方雨 のち曇り
 待望の雨 朝、火葬場で霊柩車が来るのを待っている。蕭蕭と降る雨・・・(こ
の調子で一日降ってくれるとイイなぁ、畑の水遣りしなくて済むけど・・) じっと
立って見ているとふわ〜っと湯気のようなものがたっている。地面の熱で雨が
蒸発しているようだ。未明からずっと降っているにもかかわらず大地の温もりと
いうか力というか、すごいと思う。きっと先祖の、私たち子孫をおもう思念力?も
そんなものなのだろう。じわじわと暖めてくれるような力、それに気づけば肩の
力を抜いて生きていけそうな気がする。
 日田市の火葬場は、よく手入れされていて公園の中のようにきれいです。時
にはこんな所でゆっくりするのもいいかも、まだ蚊もいないし最高です。

 メダカとかえる池の水口が傷んだので造園屋さんが換えてくれました。今ま
では竹製だったけど、裏庭の枯れ木を加工して・・ちょっと小粋な水口へ変身!
  
 

6月1日(水)曇り
 不平不満を言える相手がいる幸せ・・愚痴を言うな!と言うが、人は弱い者。
溜めておくのは良くない。よく連れ合いが言うのが「あなたに言っても仕方が無
い事だけど聞いて!○△□●▲■あ〜!す〜っとした!」彼女はB型、根に持
たないイイ性格。対する私はA型でくよくよと引きずるタチ。
 英語のカウンセルは相談で、カウンセリングになると全人格的に向き合い相
談者と非相談者は対等の関係云々となるそうな。相談と言うと回答(解答)を求
める意味合いが強い(と思う)が、カウンセリングはつくりあげていく双方向的関
係・・・うちの場合はそのどちらでもなく、言いっぱなしだけど聞いてもらえる満足
感のある関係とでも言いましょうか。夫婦ならでは、だと思います。社会を生き抜
く戦友ですから・・・
(先月へ)