No.34
4月30日(土)晴れ
 GW突入!朝早くからバイクで遠出をする〜人たちを見る。うらやましい〜、
とチョと思う。「ゴールデン・・・うちにはビーグルしかいないもんね」と妻。 無
理やり用事を作ってしまえばなんとかなるんだろうけれど、子供も手を離れた
しその無理を通す用事が浮かばない・・・で、家のちょこっとした前から気にな
っていた用件を済ます。本堂の破れカーテンの架け替え、墓地の清掃、畑の
鍬打ち等々・・で、膝がまたまた痛くなってきた。

 昨晩録画の『華氏911』を、今頃になって観る。500名以上いるアメリカの上
下両院議員のうち、子弟がイラク戦争に従軍しているのはたったの一人、だと
言う。今日本でも「憲法改正」して自衛隊を正式に軍隊と認め、国際紛争の貢
献(国益になる?)を図りたいという勇ましい議員さんが多いが、そのうちの何
人がいざ実戦となった時に我が子を戦地へ送るのだろう。
 もし、憲法改正9条破棄も止む無しとなったなら「国民の数割る議員定数分
の議員の子弟を前線へ送る。該当する子弟がいない場合は議員の妻あ
るいは本人が勤める。氏名はその都度公表する。
」と言う条文を加えること
を、私は提案したい。(もしそうなったら、軍隊も迷惑するだろうなぁ・・・)そのく
らいの覚悟で、審議を尽くして欲しいです。選良も庶民も命は一つしかないんだ
からね。犠牲を片方だけに押し付けるのは卑怯・・・・・・・です。そういう時こそ、
苦を共に分かとうと思えば、シビリアンコントロールもなんとか機能するでしょう。
 平和を守ることに関して、一般国民と議員とで不公平があるとするなら、それ
は真剣に議員が自国を愛する気持ちが無いからであろう。今回の改正案では、
国民の義務がテンコ盛りらしい・・・。もちろん、現憲法の9条が将来も堅持され
ることのほうを希望しています。


4月29日(金)晴れ 暑かったので、川遊びの少年たちがちらほら
 《改善生まぬ「写経」研修》 JR西日本社内では「内規の文書をひたすら書
き写すことを写経と呼んでいるという」(西日本新聞) 
 う〜んなるほど写経か〜?意味のよくわからないものを一生懸命書き写す、
って言うくらいの意味だろうな〜

 コピー機の無い時代、写経は非常に重要な行いだった。一字一句間違えな
いように精神を集中し、後世に伝えよう・仏さまの教えを広めようという気持ち。
(日蓮宗の行堂でも自分用の撰経書写があり、写経中はトイレに行くたびに水
行をして身を清めねばいけなかったことを思い出す。)今自分のしていることに
意味があって、それを成し遂げた時に達成感がある・・・と思えるならば、人間
は単調なことや難しいことでも喜んでするだろう。
 改善といえばトヨタ自動車が有名だが、《トヨタといえば、「必要なものを必要
なときに必要なだけ」というジャストインシステムや「乾いたタオルを絞る」とい
われる徹底したムダの削減に取り組む改善活動が有名だ 今脚光を浴びる
名古屋経済の寵児トヨタ自動車の改善活動VSJR西日本の日勤研修!
 職種も違うから比較にはならないが、人は追い詰められると思いがけないこ
とをする・・・良くも悪くもいう例か。成功している企業はほめそやされ、そうでな
いところはたるんでいると批判されるが、どちらにしても社員はますます絞られ
る。管理社会は厳しいです。
 苦がそのままの苦で終わるか、あるいは楽に転ずるか・・・その違いは、人格
能力を認める力が上司にあるかどうか、で決まるのでは? 要は、上下関係や
職名をはずしてもその人間関係が続けられるかどうか、でしょ。

 「汝ら智恵あらん者は疑いを生ずることなかれ」(寿量品第16 16−44)と経
典中にあるように、佛に対しても人は疑いの目を向ける・・ましていわんや部下
の行いは重箱の隅をつつくように・・ちょっと古いか? 


4月28日(木)晴れ
 今日は第753回目の「立教開宗会」でした。その記念日に「新しく檀家とな
ります」という方がいらっしゃって、法要に参加されました。良い縁を結んでい
けると良いと思います。
 私たちの人生は、縁を結んだりほどいたり、こんがらがったり切れたり、とい
う感じで過ごしているような気がします。「『俺が俺が・・・』という我の張り合い
が周りを不幸にする」と、亡くなった師父が好んでしたお話の一節があります
が、今こそ個人も社会もそのことを学ばなければならないのではないでしょう
か。
 共に立つ、共に生かされる社会。痛みの無い社会は多分永遠に来ないの
でしょうが、痛みを分かち合う心を学びたいものです。


4月27日(水)晴れ
 先日の尊厳死協会の講演の中で田畑先生は、英語表現の「自由」には
2種類あると言っています。それは、@liberty 外の束縛からの解放 であり
Afreedom 内なる束縛からの解放 であると。
 レジュメをそのまま写すと 『libertyとは「様々な拘束や束縛からの開放さ
れたい、いわゆる状態を意味する。何の拘束も無く自由に出来る。ー人間
の歴史はlibertyを実現してきた歴史である。「−からの自由」の実現をほぼ
成功したルネッサンス以来のヨーロッパの歴史に於いて「ーへの自由(free
dom)」の実現にはいたらず、結果として個人は空虚な殻になってしまった。
あらゆるものから自由になってしまった個人が実は空白であった。
 freedomとは「様々な拘束や束縛の中に身を置いてそこに生きていながら、
そこから逃げ出さないでそこにおいて自由であろうとする人間の態度として
の自由、これをfreedomという』
 先生は、『自分の拠り所を理知・分別〔頭の意識〕としていた者が仏の教え、
仏の世界〔浄土〕を拠り所とする生き方へ展開  足るを知る者は「仏へお任
せ」を生きる:・・・・分別と智恵の両立』を薦めています。

 あなたはどちらの自由を望みますか?どっちも・・・   
 とらわれつつ、囚われない心・・・無欲でなく少欲知足 かな?
 表紙


4月26日(火)晴れ 夏日かな?
 昨日、市内で下取りのために売ってしまった軽ちゃん52−19発見!どこ
ぞのおじちゃんが後席に愛妻らしき方を乗せて運転されていた。至るところ
傷だらけだったのが、修理を施されてちゃんとお役目を果たしているのを見
るのは、やっぱり嬉しい。自分のことは棚に上げて、「大事にしてやってね」
と心の中で祈る・・・

 葬儀の後のお礼参りにみえた喪主の方が、開口一番「お位牌は2つともお
寺さんに預けるので、過去帳に書き換えてください」と言う。〈・・・それは、真
宗の門徒さんの入れ知恵か?〉と思いつつ「いいえ、日蓮宗では四十九日忌
までは一つは自宅でおまつりします。それが終わったら、繰り位牌に書き換え
ますよ。もう一つはお寺のお位牌壇でおまつりします。過去帳は日めくりの覚
書だから、魂の拠り代にはなりませんよ」と説明する。
 「で、みなさん!魂はあると思いますか?どうですか?」と無理やり手を上
げさせる。周りを見回しつつ、20人中18人が「あると思う」に手を上げた。
「仏教では、あるとも無いとも書かれてはいません。が、魂が存在すると思
うから供養もし、願い事もするんじゃありませんか?お釈迦さまは悟りを開
いて六道輪廻からの魂の離脱を望まれたわけで、お弟子の方々が未来に
佛になれると言う約束もそのことを表わしていると思いますョ。」

 魂が無いなら、開眼供養も必要ない、違いますか?一球入魂! 
 


4月25日(月)曇り 
 JR西日本、尼崎で大事故 思いがけなくも事故にあい、亡くなられた方々
に哀悼の意を表します。


 45.99% 福岡2区補選 最低投票率だった。都会では珍しくない投票率
とはいえ、政治には期待しない・・という人たちを増やした古賀潤一郎氏の責
任は重い。と思うが、広辞苑によれば、本来「政治とは@まつりごとA権力の
行使、権力の獲得と維持に関わる現象」であって、そこに理想の具現というよ
うな意味合いは見出されていないのだから、期待するほうがお門違いというも
ののようだ。
 「こう言ってはなんですが、私の夫は買いです」と山崎氏の奥様は仰ってお
られたと聞きました。買いか売りか、どちらにしても、公明党の大恩をひしひし
と感じつつ国政に復帰されたんですね。初志貫徹されてください。本当にしっ
かりとした政治をお願いいたします。
 

4月24日(日)薄曇り
 11時の法事を済ませ別府に行き、日本尊厳死協会の公開講演会へ。「お
斎があったらどうしよう。講演に間に合わない、中座して高速で行くか・・」と
思っていたら、施主の意向で御膳料になっていたので一安心。気兼ねなく講
演会に行くことができました。
 「生死を超える道」と題して、宇佐市佐藤第二病院の田畑正久先生のお話
です。禅語や歎異抄・無量寿経・論語にキリスト教と、多岐にわたる内容でし
たが、【世間一般では明日があると思うことが生きるエネルギーになっている
ようだが、(実は)明日を必要とする者は、「今」「今日」を不足・不満というあり
方をしている者である】と。何気なく過ごしている「今」の積み重ねなんですよ
ね。
 次の講演は九州がんセンター名誉院長大田満夫先生の「安楽死と尊厳死」
 尊厳死は自然死であり、本人の意思が明確であること等の要点を分かりや
すく解説してくれました。高齢の方が多く、(中には舟をこぐ方もちらほらでした
が)熱心に聴講されていました。植物状態といわれる方が全国で約3万人ほ
どいらっしゃるという統計があるそうです。そんな中での自己決定権、尊厳を
持って生きたい・死にたい、他人事じゃない話です。

 今日もお天気が良いのと時間が空いていたので、Myバイクで別府まで。往
復150キロで約5リットルのガソリンを消費して600円余りの交通費。高速だ
と、片道2000円。所要時間に30分と差が無いことを考えると、やっぱ環境に
も懐にも優しいバイク・・・ですね。日曜日なので車もバイクも多かった・・年寄
りには疲れる・・・尻が痛い・・・


4月23日(土)曇り
 今回の中国政府の対応は1枚上手だと思います。とりあえず以前の謝罪を
日本政府に語らせ、そして「私たちはこうしました。あなたがたはどういう形で
答えてくれますか?」と、対応を迫る。同じ日、国会議員はみんなで靖国神社
に参拝する会とか言って80名で集団行動。小学校じゃあるまいし、春の遠足
のように「みんな一緒じゃないといけないよね」 日頃の知性と良識〜国民の
代表・選良のプライドはどこにいった? 気持ちの読めない外交官や政治家が
増えているんじゃなかろうか。叩き潰すまで・・じゃぁプライドは保てても、尊敬
はされない、と思う今日この頃。堀江氏を「その場の雰囲気が読めていない」
と評する10代の若者たち。同じように堀江氏を脅威の的として警戒する政治
家が、外交の雰囲気を読めていないとしたら・・・アレッ!似た者同士ですね。

相依(そうえ) あいみたがい 「お互い様」という心、大事です。


4月22日(金)晴れ
 今朝、輸血も移植の一つよねと考えていたら新聞に、「脳死判定と臓器の
提供は、本人が拒否していない限り、家族の同意で出来るように移植法改
正案を提出」と出ていた。移植の推進を図るために、自民公明の検討会が
合意したという。歩調をあわせたように、骨髄移植の保険も発売になるという。

 私だったら、脳死後の自分の臓器移植はOKです。が、他人となると本人の
意思確認はやっぱり重要だと思うし、提供しない自由はちゃんと認めたい。
胎児の移植医療利用の問題とか開発途上国の小児誘拐や略奪による、移
植臓器の売買などは問題外、だと思う。以前その話を、あるお上人としたら、
「アメリカで、おばあさんが心臓移植を受けたあと、急にバイクに乗りたがった。
その心臓はバイク事故で無くなった少年のだった、という話があるよ。私たち
は自分の体は自分でどうにでもなると思っているけど、臓器にも魂が宿ってい
ると思うべきじゃないかな?」と言う。
 確かにそうかもしれん・・でも、私は移植で助かる命があって、もしそういう
事態になったなら提供したい。わたしゃタバコもあんまり吸ってないし、アルコ
ールもほとんど縁が無いから結構使えると思います。でも、こういう人間って
意外に長生きするんだよね・・・ふっ


4月21日(木)晴れ 風強し
 明日22日は「アースディ」 環境を守るためにはリサイクル・省エネ・ごみの
減量・節水と、個人で出来ることはたくさんあるが・・・最大の環境汚染「戦争
紛争」に加担しない、ことも大事な心掛けだと思う。「自由と正義をもたらすた
めの戦争」という名のもと、ばら撒かれた核廃棄物『劣化ウラン弾』による放
射能汚染はかなりなものらしい。人間って、高尚な理想を掲げて平気で残酷
なことができる生き物でもある。怖いのは、被害を与えたり受けたりするのが
下々の者ばかりだということ。上に立つ人はな〜んてことない。だからこそ、
戦争の大義なんてものを信用しないでしぶとく・したたかに生きていかねば。
リサイクル・・になるのかな、献血に行ってきました。
 表紙


4月20日(水)雨のち晴れ 福岡西方沖地震で震度4
 午後4時半から近くの家の棟上で「餅撒き」 この間、その家の実家のご法
事で「餅まきは『近隣の皆さん、これからもよろしくお願いいたします』のご挨
拶なんだから、パーっとしましょう。家も栄えますよ」と言っといた。今日がその
棟上の日。お祝いのお酒を持って伺うと、まだまだチラホラとしか人がいない。
おばあちゃんが「孫嫁のお母さんが、2000個のお餅を持ってきて下さった」と
言う。棟梁曰く「普通の4倍はあるね」 そうこうしているうちに段々人も集まっ
て、餅を撒きだしたら、通りがかりの高校生も自転車を降りて参加。2000個の
お餅もあっという間にはけてしまった。人の集まる家は栄えていきますよ〜
  嫁さん「屋根の上にいろんな色の幡が立って
                           ると、なんとなく嬉しくなるね」
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4月19日(火)晴れ
 Tさんが、朝一番に山の水を届けてくれた。昨晩テニスの時に「仕事に行く
途中だから、持って行ってもいいよ」とは言ってたが、早速に・・・かたじけな
い。15リットルくらいは入ってるだろうか。コーヒー用の水として使わせていた
だくことにする。味は?まろやか・・かな。その気持ちがね、ありがたいです。 
 
 今日の誕生花は「シャガ」 
  本堂横のシャガです
 どこにでも、植えた覚えも無いのに、気がついたらきれいな花を咲かせてく
れている。だからこそ、花言葉は「私を認めて」 こんなきれいな花を咲かせ
る私を見落とさないで・・・認められることくらい嬉しいことは無い、ですよね。
みんなそのために努力しているわけですから。
 

 
4月18日(月)晴れ
 「死ぬ気になったら何でも出来る!」そういう彼は、今まで一度も汗して働い
たことが無い。遊んだ借金のかたに田畑を取られ切り売りして生活してきた、
ということを周りの人はみんな知っている。「あんたがそんなこと言うたっちゃ、
誰も聞かんバイ。自分でそげん思わんね?俺たち兄弟はあんたに親らしいこ
とはな〜んもしてもろうちょらんバイ。あんたのせいで苛められたことはあった
けど。最後に親らしいことしてくれんね?」 
 子供が(親のせいで)どんなに苦労しようが、親としての勤めを果たそうとしな
い、とっちゃん坊や。 二男が言う「俺はね、金はいらん。この20年の時間を返
して欲しい。けど、それは無理なき最初で最後の子供の意見を聞いてくれ!」

 「親は十人の子をば養へども、子は一人の母を養ふことなし。あたゝかなる夫
をば懐て臥ども、こゞへたる母の足をあたゝむる女房はなし」
 『刑部左衛門尉女房御返事』と日蓮聖人は仰っているように、鎌倉時代も親
は子を思うけれど・・・子は親を思わない、のが定石だった。
 だけれど、この兄弟は「親らしいことは何一つしてもらわなかったけれど、何
とか最後の余生だけは送れるようにしてやりたいと心を砕いているのに・・・」
我が身だけの心配をする父親。

 「最後のチャンスバイ。○○さんも、あぁやっぱり最後は親らしいことしてくれ
たねって子供たちに言われるようにせんと、仏様ん所には行かれんやろう?
あんたん魂もきれいにならんやろう?」って私も口添えをしたけれど、「俺くら
い不幸な者はいない。こんな年になってもみんなに責められて」くらいの感じ
しか伝わってこない。「あぁこの人は最後まで逃げ回って生きていく人なんだ」
 逃げ回って逃げ回って、奥さんの骨も拾わなかった人だから。悲しいね。


4月17日(日)晴れ
 朝方目が覚める。頭の中に「あっさり・うっかり・おっとり・・」といった言葉が
うかんでいる。いろんなのがあるよねと思いながら、あいうえお順に思い浮か
べれば「かっきり・かっちり・きっかり・きっぱり・くっきり・こっきり・さっぱり・しっ
かり・すっきり・たっぷり・つっぱり・てっきり・にっこり・ねっとり・のっそり・はっき
り・ひっそり・ふっくら?・ほっこり・まったり・むっつり・もっさり・やっぱり・ゆっくり
がっくり・がっちり・ぎっちり・じっくり・ずっぽり・どっぷり・ばっちり・びっちり・ぼっ
こり・・・」と考えていたら、 またいつの間にか眠って朝が起きれなかった。2度
寝はぐっすり?あぁもう一つ発見。何でこんな言葉が浮かんできたんだろう。ほ
とんどが副詞で「○○と」というふうに使える言葉になります。

 「二七日忌の朝、亡くなった母がお仏壇の前に座っている夢を見ました。今
どこにいるの?」と聞いたらニコニコして「ここにいるよ」と言います。「四十九日
が過ぎたら、きれいな仏さまの所に行けるね」って言ったら「本当ね?!でも(私
には)もったいないねぇ・・」って母が言うんです。「生前苦労しただけに、仏さま
の素敵な所に早く行けたらイイなぁって思いますね」 二男さんが「なんかうちの
母ちゃんの法名見たら、とっておきのヤツをつけてくれたゴツあるね。どうして?」
 資産家の家に生まれるも、ご養子さんの女狂いで精神的にも金銭的にも苦し
んだ日々を送ったことを、私も知っている。だからこそ、仏さまのもとで安住して
もらいたい。娘や息子そして私の最後の願い、明後日がその四十九日忌です。


4月16日(土)晴れ
 ホームページの転送設定がおかしくなって・・・直してもらって、またやり直
したら元の木阿弥になっていた。で、今日はこのページは更新できず終いに
なるのじゃなかろうか・・曰く、「初期設定にしました。多分ちょっとしたエラー
だろうと思います」と言うことだったが、専門家が帰った後はその「初期設定」
の設定が分からない (-_-;) 聞いとけば良かった!後の祭りですね。


4月15日(金)晴れ  霞んでいるのは黄砂か?
 大宰府のお宅へ、バックに衣など一揃いの着替えを詰めてバイクで伺う。
当然車で来るから外で駐車場の案内をしなくっちゃと思っていた面々、私の
姿を見て「・・・・」お父さんが「あぁ、おしょにんさんかい!かっこいい!」と言っ
てくれました。61歳のお父さん、私とあんまり年が違わないから気を使ってく
れたのでしょう。
 上がって着替え、お経が終わって食事になる。おばあちゃんが、毎年「息
子の供養だからネ」と言って、お肉を焼いてくださる。それにバラ寿司と野菜
の煮物、高野豆腐などなど。私は・・・言っちゃ何だけど高野豆腐おいしいと
思ったことが無い。お箸を出そうかどうか内心迷ったけれど、みんなが「おい
しい!」って言うから一切れ食べたらこれがホントに「うまい!」
 で、お孫さんになる方が、「私は野菜が好きでほとんどおかずは野菜だけど、
私のお弁当を見た同僚は『私の食べられるものが無い』って言う」という話に
なった。その同僚のお弁当を見たら、肉にウインナーに焼き魚で、野菜という
ものが入って無い。「今までこれでこれたんだから、これからも大丈夫だと思
う」と言ったとか。それを聞いたみんな「これからの若いモンは長生きゃせん
ばい」で、一致。
 もう一つの仰天は「朝出勤の時に、お母さんが運転する車の助手席で高校
生の女の子がお化粧してたのにはびっくりした。若いのにもったいないって思
う」

 しっかり育てられれば、心身ともに健康に育つしその逆もまたありうる。親に
なることはある意味簡単だけど、「親という字は『立ち木にたって(でも子供の
行く末を)見る』くらいの心配り」と言う。子供をペットのように扱うのは止めよう!

 帰り際、お父さんが「これは何CC?225?今度来る時はハーレーかな?」っ
て言う。「それは無い」 あまりにしょぼい(錆だらけの)バイクなもんで <m(__)m>
でもヤマハのセロー良いバイクです。


4月14日(木)快晴
 5月3日憲法記念日に、「憲法9条を守る日田の会呼びかけ人会」主催の
『憲法9条と平和を守る集い』を開催します。思想や信条、宗教や党派を超
えて市民の力を結集し、手をつないで進もうとする会です。ポスターの出来が
あまりに良いので、スキャンして「お知らせ広場」に載せました。ぜひ近隣の
方お集まりください。当日は、講演とピースウォークとがあります。
 

4月13日(水)晴れ
 最近見ず知らずの方たちが、私のことを心配して電話や訪問をしてくださる。
防犯対策・ペイオフ関連の所得保全対策・資産運用・健康管理のためのサプ
リメント販売・宗教への勧誘etc、とありがたいことだが・・「自分のことは自分
で守らねばいけない」と声高に言われる今日、21世紀は決してバラ色の時代
ではないようだ。
 でも、振り返ってみればいつの時代も「サイコー!」と、諸手をあげて言える
時代は無かったんだろう。あの、「この世をばわが世とぞ思ふ望月の欠けたる
こともなしと思へば」と、我が世の春を謳歌した藤原道長でさえ、ストレスによ
る胸の病気で苦しんでいたという。当時の人は、「あれは生霊のせいだ!(ざ
まぁみろ?)」と言っていたらしいし、本人も祟られる理由が自分にはあると自
覚していたけれど、それでも突き進んで位人臣を極めた・・・
 人が生きるということは、いつも選択をしながら進んで行くということでもある。
良いご縁を得ながら進んで行きたいものだ。


4月12日(火)花冷えの曇り
 中島みゆきの「糸」という歌の中にこんな歌詞がある。

 『なぜ 生きてゆくのかを
 迷った日の跡の ささくれ
 夢追いかけ走って
 ころんだ日の跡のささくれ
  こんな糸が なんになるの
  心許なくて ふるえてた風の中
 縦の糸はあなた 横の糸は私
 織りなす布は いつか誰かの
 傷をかばうかもしれない

 縦の糸はあなた 横の糸は私
 逢うべき糸に 出逢えることを
 人は仕合せと呼びます』


 紡いだ糸、織りなす布・・・縁あって人として生まれ、出逢うべき人に出逢う
 ことができた喜びをともにうたおう。


 「『経』とは縦糸のことをいう・・・ 縦糸の経と、その経を読む人が横糸ならば、
 織りなす布は軽やかに悩める人を覆い、傷をかばうだろう」って読んだら悪い
 ですか (^^♪



4月11日(月)曇り 肌寒し
 「自分から死のうとは思いませんが、もし自宅で倒れたら救急車で病院へ運
ばないように、と遺書に書いてあります。そのせいで死んでも、子供たちに迷
惑がかからないようにしたいです。私は、主人の看病をした経験からつくづく
自分のときは延命治療を受けたくない、スパゲッティ状態はイヤだと思いまし
た。自宅で看取ってもらいたいです」 
 16歳で亡くなった息子さんの第27回忌の法要に伺ってのお話。供養とは、
本来「父母などを世話し養うこと」と辞書にはある。供の字はニンベンに共、人
とともにある思い・・・医療も宗教も人あってこそ、が原点のはず。苦しんでいる
人に寄り添い、人生を全うさせようという気持ちが無くなったら道から外れる。 


4月10日(日)曇り
 夕方からテニス仲間でお花見兼焼肉・・・場所も建物も別荘のようなT邸にて。
24畳ほどの部屋にはグランドピアノがデ〜ンとある。ピアノ教師のSさんがバッハ
を弾き、T邸のご主人が弾きかつ歌う・・・私は無芸大食ですから、ひたすら外の
テラスで煙にあぶられながら肉と野菜を焼く。宴の最後は、T邸の奥様が弾き語
りを披露して下さった・・・(全国大会出場常連ママさんコーラスの)指導者兼指
揮者で高校の音楽の先生でもある奥様の声は、まるで音楽会の最前列にいる
よう。
 イタリア語で歌う「アマリリス?」を聴いていると、魂が揺すぶられているようで
「小さなことにくよくよしちゃだめよ!」という感じ。体重43キロの華奢な体のどこ
にそんなパワーがあるの?すごい精進があるんだろうなぁ・・・多分、一切の説明
抜きで聴いても「あぁ!良いものを聴かせていただきました、合掌」ってなるでし
ょうね。3曲ご披露の後は「みんなで歌いませんか?」と言われて、かわいく「春」
の合唱に。
 「歌はね、体全体を使うんですよ。骨盤底を感じながらとかネ (^。^) 柔軟な
体じゃないとだめなんですって。だから、練習も体をやわらかくするのにずいぶん
時間を使うんです。大地から力をもらって歌うんです」と言うことでした。福岡か
ら参加のIさんもおいしい雑炊を作ってくださったし、大満足のお花見でした。「ま
たしようよ!」を合言葉に散会。もちろん見事な桜は明るいうちにちゃ〜〜んと
目に納めておきました。


4月9日(土)花曇り
 TV・新聞をチェック、ローマ法王の葬儀は大々的に報道しても「花祭り」は新
聞に一つだけ、TVでは見なかった・・・寂しい。花祭り・・・って花見のこと?って
いわれそう。あの天台宗延暦寺でも桜祭り・・・あんまりじゃありませんか?
http://www.hieizan.or.jp/enryakuji/jcont/event/index.html  一般の方への
ご案内ですから、お坊さんはどこかでひっそりと秘事花祭りとして営まれている
のでしょうか・・・「天台宗では法華経をよりどころのお経とする」とはっきり書か
れているけれど、「釈迦も弥陀も大日の化身」とも言う。法華経には大日如来
の字すら無いのに・・・不思議だ。大日如来のお誕生日に一緒にまとめてお祝
いされるのでしょうか?いつですかお誕生日は? 「たわけたことを聞くな!
ご本佛大日如来に誕生日など無い!そんなことも知らんのか」

 誕生日があるのはお釈迦さまだけなんですよね。「諸佛世尊は衆生をして
仏知見の道に入らしめんと欲して世に出現したもう」 諸佛=もろもろの佛は
それぞれの世界にお生まれになった。お釈迦さまはこの娑婆世界に、阿弥陀
さまは西方極楽浄土に、薬師如来は東方瑠璃光浄土に、と。それぞれの仏土
において働かれるために、お生まれになった。
 『今この三界は皆これ我が有なり その中の衆生は悉くこれ吾が子なり
 しかも今このところはもろもろの患難多し ただ我れ一人のみよく救護
 をなす

 それぞれの佛様がそれぞれ(自分の持ち場)の国で、上のようにおっしゃら
れたのだと思います。

 それはともかく、日田市内の寺院が70あったとして各お寺のお参りが25名
として、人口7万6000人で割ると0.02になる。それを全国1億2000万人へ
と広げると、計算上240万人のお参りとなるはず・・・だが、花祭りで足の踏み
場も無いくらい盛況だったお寺は無かったのだろう、話題にならないんだから。
いっそのこと、花見で賑わう上野公園とかに、出開帳すればイイのかも。

 「お釈迦さまの誕生をお祝いしてご利益いただけますか?」「ご利益は・・うち
の場合、甘茶のお持ち帰りサービスくらいかな」 でも「神の前に手ぶらで出る
な」というような乱暴なことは、決して言いません ^/^


4月8日(金)晴れ
 朝から暑い、掃除してたら汗が出てきた。・・車に乗ったら21℃の表示、暑い
はずだよ。これから日田地方はいっきに全国区、暑さ日本一の放送が毎年出
る。でも、断っておきますが、ホントに一番の時は5月頃だけですから〜残念!
後は、上州や東北組に座を譲るだけの配慮があります (~o~) 

 移動中にFM放送を聞いていると、男女のパーソナリティーの会話の中に「花
祭り云々」があって、女性が「えぇ!お茶をかけるんですか〜」と驚いている。
「そうだよお茶をかけるんだよ」「牛乳でも良かったりして・・」という風な話の流
れ・・・「そうか花祭りに甘茶をかけるっていうのは、今や常識じゃなくなってる
のね」  で、今日は「花祭り」 お釈迦さまの誕生日です。「ルンビニー園のよ
そおいを移し・・・」と言われる花御堂を飾り誕生佛を真ん中に、甘茶をかけて
供養しました。ネパール ルンビニー園のマヤ堂は今写真のようになっています。


 最近ちょくちょく訪れるホームレス。「今度から、ただじゃお金は出さない」と心
に決めた今日。ついこの間来た(体がきついので草取りはしないと言った)彼が、
またやって来た。旧知の友がやって来た・・ような感じ。彼も気安く「また来まし
た」と言う。
 「ちょうど良かった。今日はね、お釈迦さまの誕生日だからね。一緒に本堂でお
題目を唱えたらお金をあげてもいいよ」と本堂へ案内する。入ってきたのは良い
が、立ったままどうしてよいかわからない様子。「両親のお墓にもほとんど参った
ことないし・・・」「いいから線香あげなさい」「何本ですか?」「1本でも3本でも」「じ
ゃぁ2本」「・・・(聞いとらんのか)では、太鼓に合わせて今から15分間一緒にお題
目を唱えましょう」「」えぇぇっ!そんなにですか?ご利益あるかな〜?お題目って?」

 太鼓を叩き始めたら「ナムミョウ〜」と唱えるのはいいが、リズムがあってない。
お題目の輪唱というか、初めての人ってこんな感じ?と思いつつ太鼓の陰から見
ると、合掌している。内心「これよこれ、やっぱ合掌よ」と思いつつ、(延長)20分間
の唱題行中に檀家さんも一人加わって花祭りパート2を営みました。終わってオニ
ギリとドリンク剤を持たせようとしたら、「そこのお菓子もください」とのたまう。「ハイ
ハイ、頑張ったからね」 こっちもちょっと気持ちがいいので持たせた。しばらくたっ
て、さっきの檀家さんから電話があった。「さっきの人なんか変。僕は乞食なのでお
金くれませんか?って言われました。お賽銭盗られないように気をつけてください」
 「う〜ん、開き直った人は強い。一般人にも金くれって言うか・・・今度来たら30分
コースだな」  流した汗は誰のため?私の自己満足の汗でした。
 
 

4月7日(木)小雨のち曇り
 熊本城の近くにある本妙寺様(加藤清正公建立の大きなお寺です)で教区の
会合があったものですから、久しぶりに都会に行ってきました。ウイークデイな
のに人がうろうろしている・・・もちろんお城の近くですから、花見とか散歩とか
いろいろあるんでしょうが、人と車の多さに都会を実感しました。で、中心部に
なるほど移動に時間がかかる法則を改めて経験することに。久しぶりなもんで
道を間違え場所を探し、20分くらいの遅刻でみんなに迷惑をかけるおまけつき。

 会議では「日蓮宗への思い入れ」の強さに圧倒されました。「日蓮一門」という
仲間意識にタジタジ・・・「今まで組織が動いたためしは無い」と言いながら、どう
してそんなに熱い思いを持てるの?と、私は思いながら聞き役に。感覚がちょっ
と違う・・・もちろん、皆さんのほうが宗門人としてはまともです。でも、な〜んかし
っくりこないんだよね。私は、ひっそりMyお寺&HPつくりに精を出します。
 参道の桜並木がきれいでした。妻から「雨が降って
るのにバイクで行くの?気をつけてね」と言うお言葉をもらいイソイソと、しかし内
心「こけんごと(倒れないように)しよ」と思いつつ。菊池渓谷近くは霧でほとんど
前が見えない状態になってました。途中道の駅「旭志」で昼食。バイクのところに
戻ったら、60代くらいの男性から「大分のどちらからですか?」と聞かれる。「日田
からです」「あぁ、菊池のほうから来ると近いもんねぇ」と思いがけない会話成立。
たわいの無いことだけど、生身の人とのふれあいがあるのが、バイクの魅力・・・
それは多分バーチャルじゃ出来ないことの大きな部分であり、宗教体験もそうで
あると思う。であるので、HPは「自分が思い、しようとする事の確認のための」場
だと思うのです。 
 今日のバイクミニ旅行は往復約200キロ、行きが昼食込みの3時間、帰りが2時
間20分くらいでした。お尻が痛い。

4月6日(水)曇り
 フェアプレー賞受賞 「第23回全国高等学校剣道湯布院練成大会町長杯」で、
日田高校は男女で同賞を受賞。
 剣道部は近年めきめき力をつけてきて、春の全国選抜大会はアベック出場で
した。そして今回の大会。モチロン出るからには目標は優勝!でしょうけど、男
子の熊本阿蘇高校・佐賀白石高校、女子の長崎西陵高校・熊本八代白百合高
校・阿蘇高校など強豪の中での戦いですからね。岩本監督は次男の担任でした
し、やっぱり記事になっているのを見るのは嬉しい。
 「力士は士がつくように単なるスポーツ選手とは違う、品格が大切」と言ったお
相撲さんがいるように、剣士も礼節あってこそ。フェアであろうとすることは、お互
いに気持ちよく勝負が出来る基本中の基本のはず。そんな賞があるっていうこと
は・・・・・・・小手先の技がチラホラあるっていうこと?
 現由布院町長 佐藤哲紹氏は住職でもある。この方は誰かのように「仏法は
勝ってこそ」とは言いませんよね。フェアは「公明な」「ルールに従った」と同時に
「美しい」という意味もあるようです。もう一つ「口先だけの」という意味もある・・
意味深ですね。a fair promise

 テニスでも草大会はセルフジャッジですから、お互いの信頼あってこそ。もっと
も、本当にうまい人はミスジャッジされるような場所には打たなくても勝つらしい。
草大会でも、時々判定でカッカきてるひとを見るんですよね。カッカきたら、もう自
分から勝負を捨てたようなもの、です。


4月5日(火)晴れ
 朝一の電話は中津江村からだった。「・・・・で、お墓のことですが、家紋を入
れたらいけないですか?」「え?何でですか?」「TVで・・・」「あぁ、細木数子の
(呼び捨てでごめんなさい<m(__)m> )・・」 彼女の放送を見てないからなんと
も言えない(「運気が衰退する」と言ったようだ)が、先代と親交のあった(信頼
できる)霊感のあるお上人は「お墓の家紋云々」と言われたことは無かったの
で、「入れるのはかまいませんよ」と答える。家紋と言えばルイ・ヴィトン・・・いっ
そあのくらい大々的に入れてみるのも良いかも。意味ないですかね。家紋のサ
イトを見ても、「21世紀はマイ家紋の時代になるかも。自分の印としてみては(皇
族方のみしるしみたい)」くらいの感覚のようですし、それで運気が変わるってい
うほどのものじゃないでしょ。

 昨日は細木女史の誕生日(1938年4月4日生まれの67歳?)だったらしい。
彼女は耳をそばだたせる術は得意だと思います。でも、私は「言ってもいいか
なぁ。(悪い!)怖いなぁ(なら言うな!)」がどうもね。一つのパターンだとは思う
けど、ある種の脅しですね。もってまわった話をする人は嫌いで、わかりやすい人
が好き。


4月4日(月)晴れ 風冷たし
 Hさんは脳梗塞の後遺症で左手が不自由だけど、月参りに行くとお経本を手
にとって私のお経に唱和しようとする。いつもの調子よりもかなりゆっくり唱え
ないと、彼女はページがめくれない。2人で大きな声でお唱えします。
 Sさんは、毎月お寺で受けたお守りを子供たちに送るらしい。「私は、心を添え
て送らせてもらっているので、送る私のほうがありがたい功徳をたくさんいただ
いている気がします」と言う。思いやり・・・を学ぶ日々、合掌
 
4月3日(日)曇り時々小雨
 「叶わぬ祈りだと知りつつ祈る」姿は崇高だと思います。『諸法従本来 常時
寂滅相』とすべて姿かたちあるものは変化して滅していくものである、と教えら
れた釈尊も教えのままに涅槃を迎えられたわけですから、キリスト教徒であろ
うがイスラム教徒であろうが、仏教徒であろうが、物体として永遠でないことは
同じです。その点では、どんな祈りも効き目はありません。でも、そんなことは判
っちゃいるけど祈りたい、と言うのが人間の姿で、やっぱりそれはすばらしい。
数日前の新聞には「キリストは神の国の扉を開けられた」と言う司祭の言葉を
載せています。数百万人の祈りも空しく臨終を迎えた法王のご冥福をお祈りい
たします。

 ご冥福、と言えばある宗派では「そのような言葉は使用しない」し、魂の存在
も認めないと言います。「極楽浄土へ往生することを願う」お経を読む真宗。
(宗派独特の)お墓に彫られている「倶会一処(くえいっしょ)」とは、何がどこで
会うのだろうという疑問を感じざるを得ません。ご門徒さんは、「死んだらまた極
楽浄土の阿弥陀様のもとで共に会おうよ」と願う言葉なのだと思っていると思う
んですよね。魂を認めない宗教を宗教と呼べるかどうか・・・この世限りですか?
阿弥陀様の寿命は無量なのじゃありませんか?魂の無い阿弥陀様の命がどん
なに永遠無量でも、私ならそんなものはありがたくない。現世でも、魂になって
も、共に生きようと言ってくれるお釈迦さまと共に生きて生きたい、と思います。

 極楽往生といえば、やっぱりキリンの「極生」ですね。私は、少量のアルコール
で (@_@;) な感じになります。安上がりです。 
 【極生はアルミ缶の加工時に水を使用しないエコロジーな・・・ゴクッと飲める発
泡酒】 いまや、エコを売らないと商品も売れない、努力してます。


4月2日(土)晴れのち曇り
 「郵政民営化、党内理解得られなければ強行突破もやむなし」の小泉首相。
では、言を尽くして国民の理解を得るようには努めたのでしょうか?「どうせ言
ってもだめなんだから」と、国民や議会すらないがしろにしかねない姿勢には、
わが国のシビリアンコントロールは機能しないのではないとの危惧を抱かせま
す。だからこそ、現憲法の「不戦理念の堅持」が必要であり、しっかりした歯止
めがないと将来が不安です。
 どのような組織であれ、その長ともなればそれまでの個人の理想や理念は
ひとまず置かねばならない、ということはよくあります。内部規則の変更くらい
はできますが、対外的な約束事や決めたことを破棄することはなかなかでき
ません。社民党の村山富一氏が首相になってなしたことを見ればおよそ見当
がつきます。長になればすべてを変えられる権限もないことはないけれど、制
限されることのほうが多い・・・理想を貫こうとすれば、大いなる勇気が必要で
す。最初の一歩をどう踏み出すか、が大事ではないでしょうか。(組織の長に
なるかどうかは別にしても)我が魂の主は自分であるということを忘れないよ
うにしたい。

 ローマ法王が危篤になられて、信者が一生懸命祈りをささげる姿は美しいと
思う。「法王回復へ世界祈る」 「本当に人々に愛された法王だった」と、新聞
は言う。愛した者は愛される真実を体で示されていたのでしょう。法華経を口で
唱えずとも、心で唱えたお釈迦様の心に一番?近い人なのかもしれない。(ヨ
ハネ・パウロ2世はそういう言われ方は、迷惑なことでしょうね <m(__)m> ) 
日本には「お釈迦さまの生まれ変わり」とか、「現代の釈迦」と自称する人は多
いようだが果たしてその実態は?世界から活動が賞賛されていると公言してい
る方も約1名、ペンネーム法悟空で出ています。日本では一部の方に圧倒的
人気を博し、「仏法は勝利してこそ証明される」というのが信念のあの方です。
  

4月1日(金)晴れ   エイプリルフール、亡父の誕生日
 一昔前、エイプリルフールは公然とうそのつける日、とかTVでも言って遊ん
でましたが、今はもう毎日がうそのようなホントの日々ですから・・・災害やテ
ロのない日が無いというくらい現実のほうが歪んでいます。

 私の父の誕生日は、聞くところによれば「ホントは4月11日だったけど、1日
にすれば早く学校に上がれるから誕生日を変えた」というもので、大らかだっ
たんだろうなぁ大正時代。とか思いますが、実は生まれても育つかどうか判ら
ないからすぐには届けなかった、という事情もあるようです。その時代の過去帳
を見ると水子(すいし)・嬰子(えいじ)・嬰女(えいにょ)・孩子(がいじ)・孩女
(がいにょ)・童子・童女って、一家族の中でも思いもよらずたくさんの若い子を
送った記録が残っています。
 ちなみに、水子は流産・死産子 嬰子・嬰女は1歳未満の男女 孩子・孩女
は2・3歳の男女 童子・童女は4歳以上14歳までの男女につける、と決まっ
ています(注 日蓮宗では) 15歳以上は元服して大人の仲間入りですから信
士・信女・居士・大姉となります。
 
 そのなかで、「2・3歳の男女につける孩(がい)の字の成り立ちは、子供の
笑い声をあらわす亥(がい)と子供の姿を表わす子(し)とからなる形声字で、
初めて声を立てて笑うくらいの稚い子供を言う」とあり、そんな一番かわいい
時に亡くならねばならなかった本人や親のことを思うと、涙を誘います。私は
幸いにしてそんな幼子を導師として送った経験がありません。医療の発達と栄
養のよさ、避妊の実施で幼児の死亡が減ったのでしょう。ありがたいことです。
(先月へ)