No.32
2月28日(月)晴れ
 今朝は朝勤後の回向の最中に「心がふわぁっと満たされていく」とい
ったふうな不思議な感覚を味わいました。普段中々味わえない感覚な
んですよ。
 今回のお勤めは、お寺に来ることが出来ない施主の思いを伝えるのが
目的でした。そういうことは考えてみればよくあることで、例えばお彼岸
やお盆の時には遠くてお参り出来ないから、と郵便書留でお布施が送ら
れてきます。但し違っていたのは、「同じ時間に手を合わせていたいので、
お勤めの時間を教えて欲しい」との一文があることでした。そこで、私のリ
キが入ったのか・・・は分かりませんが。共有する気持ちや時間が、魂との交
流のためならば、いくらでもお手伝いいたします。と、ちょっと宣伝を(^_^;)
でも、お経って楽しいですよ。

2月27日(日)晴れ
 33回忌のご法事で、「一周忌3回忌・・・50回忌っていうのはどういう訳
であるんですか?」という質問を頂きました。なぜ年忌をするのか、では
なくどのようにして年数が決まっているのか?という趣旨ですが、答え
られませんでした。
 それで、例によってネットで検索すると《柳田国男『先祖の話』(定本10)
1969,筑摩書房》がありました。ちゃぁんと調べてくださっている。柳田国
男先生の研究にありと。詳しくは見ていただきたいのですが、中国伝来
の習俗プラス日本独特の法会として段々年数が決まって江戸時代に今
のような形になった、というのが答えのようです。私は経典にプラスし
て中国伝来の考え方が影響しているのじゃないかとなんとなく思ってい
たのですが、あたらずと言えども遠からず、くらいの感じですね。
 25年も坊主をしてきて大事な法要のあり方も知らんのかい、と言われ
るのを承知でいえば、「行事というものはそんなもの、いろんな意味や
価値が付加されていくもの」です。ですが、「追善法要自体には大いに
意義があるが、数え方には特別の意味はない」と言って通るでしょうか?
 これから先の時代は、そんな不確かなことは通らないと言う人々と、
い〜や!先祖の伝えてきたものは良いものだから大事にしなくては、と
言う人々と別れていくでしょうね。意義を深めるためにも精進しなくては。

2月26日(土)晴れのち雪 そして曇り
 今日は、寒かったですね。激しく降る雪の中を豆田地区の「ひな祭り」
ツアー客が巡っていました。お天気に関係なく、「土・日のお休みにはど
こか出かけなくっちゃ」という感じで、かなりな人出。今日から草野本家
の展示も始まると、朝のTVでも中継してましたし、3月末まで上通りも下
通りも歩行者天国状態になります。それにしても豆田地区でも隈地区で
も、各旧家が江戸時代のお雛様をよくまぁ保存していたものだと感心し
ます。ご先祖の願いや思い出、栄華の名残と共に伝えてきたのでしょう。

 日蓮聖人は「先祖を敬う気持ちのその先に仏様がいらっしゃる。信心は
特別なことではない」とおっしゃられています。私たちが仏様に手を合わ
せて祈る時、同時に仏様も私たちに手を合わせて願いを形にしていらっ
しゃるのだということに、気がつきませんか?
 
2月25日(金)曇り 
 新しい「軽(自動車)」が来て感心することは、なまいきにも燃費計がつ
いていること。セールスマンには「こんなん、使わんからいらん。その分安
くして」と言ったけど「ついてるんで・・・」と言われた。
 燃費計は横バーが動くもの。アクセルを踏むとバーが左端に張り付い
て中々動かない。「今一杯油使ってるわけね」と後ろめたい感じがする。
スピードがある程度出て、アクセルを緩めると、バーが右にスーッと動い
て数値が良くなっていく・・・「おっおっおっ!ヨシッヨシッヨシッ!」すっか
りとりこになって、しっかり省燃費運転に徹している。もちろん信号ではア
イドリングストップ実行。動いてる時しか計測しないのが残念。省燃費運転
の軽を煽らないでね(^_^;) 40キロ制限の国道を60近くで走行していて
も抜かれてしまった!
 それと、以前より幅で7センチ長さで10センチ大きくなっているので、大
人が4人普通に乗れるようになっている。「これより大きい車は贅沢か?」
っていうくらい充実の軽自動車、立派です。

2月24日(木)雨
 娘がいたら・・・と書いたら、埼玉にいる息子から「娘が欲しかったんだろ
うとは思ってたけど、今からでも・・・、養子という手もあるよ」とメールが来
た。3人目の子どもの時に、もしかしたら娘かも、とちょっと期待したが立派
な男児?だったし、我が夫婦には女の子は縁が無いのだろう。不妊の方か
ら見れば何と贅沢な、と言われるだろうし、それはそれで良しとしなければ。
 3番目の子は、生まれた年に始まった新生児検査で命拾いしました。1歳
で入院し手術、70日ほど入院し、2年間は月2回片道1時間半の通院の日々
でしたが、今ではその時のことを全く覚えていません。腹には大きな傷が
あり、点滴で泣き検査で泣きしましたが、命を授かっていたのでしょう。上
2人の時にはその検査が無かったのですから。

 今日のご法事で一緒になった方は、我が子と同じ病気で7歳の子どもさ
んを亡くされたと聞きました。まだ検査の無い頃だったので、会を作り県に
検査をするよう働きかけたと言います。こういう方々が、一生懸命運動され
て助かるべき命を増やしているんだと、手を合わせるべき人は身近にいる
と思えた日、です。
 元気でいれば、命があれば、と思いつつも欲を出してあれもこれも欲しい
と思う時、その時のことを思い出さねばと思います。

2月23日(水)晴れ
 「玄関においてあるランの花がない〜誰かにあ
げたんやろうか?でもまさかね」と思いつつ、夕勤で本堂に上がり御宝前
を見ると、ちゃんと花瓶にさしてあったので一安心。お勤めが終わり、妻に
「やったんかと思った」と言うと、「うん、白はおばちゃんにあげたけどね。
紅いほうは本堂にあったでしょう?」との返事。
 ランは全て頂きもので、花が終わったあと枯らすのはしのびないので面
倒見ていたら今年は6鉢に花芽がついて、きれいに咲き始めました。世話を
するといっても、木陰において水やりと肥料をちょっとに株分け少々の、チ
ョーお手軽栽培。
 普段はそんななのに、花芽がつくと俄然張り切って・・・去年は一鉢おばぁ
ちゃんの部屋のエアコンの真下に置いて花芽をダメにしました。「早くきれ
いに咲いてくれよ」と可愛がったつもりが、ランにはいらんせわだった。毎
日デジカメで記録をとってましたが、段々黒くなって結局咲かず終い。だ
から今年は「よくぞ頑張ったねお前たち」と誉めてやりたい。

 お店で買うような盛りだくさんの花じゃないけれど、自前の花は愛娘の
よう・・・ホントに娘がいたらこんな気持ちだろうなぁ。嫁さんにはやれんなぁ
$△■○$ >< その時は、きっと泣くね
 今思い出しましたが///うちの父は私の結婚式で泣きましたもんね。子供
の頃はホントに厳しい父でした。よっぽど、私は父の意に添わない子どもだ
ったんでしょうが。24年前のあの日のこと、嫁の父と抱き合って踊り喜んで
くれる姿を見て、親子の情ってやっぱり良いもんだ、と思えることの幸せを
感じます。

2月22日(火)晴れ
 春になった実感は太陽熱温水器とともに。たった1日晴れただけで、ち
ょっとぬるめのお湯が出るようになりました。朝は氷が張ってかなり寒か
ったのに、です。これだけのエネルギーを使わないなんて「なんてもった
いない」と思う。
 その暖かさにつられて「さぁ、ジャガイモの植え付けしよう!」と言った
ら、「(なん言よん、帯状疱疹で)まだ足がそんなんだから、2・3日延ばした
ら〜」と言われてしまったが、本を見ながらやってしまう。なんせ1.5キロの
種芋だから30切れくらいですか(-_-;)かわいいもんです。曲げられない
足をかばいつつ、久しぶりの畑仕事でした。玉ねぎとジャガイモと、自分
の植えたものでカレーが作れたら最高ですね。6月にはできるかも。

2月21日(月)晴れ
 一足お先にグルコサミン。「ゴンの餌にはグルコサミンがはいっちょん
やん」と言ったら、嫁さんは「コエンザイムはどうね?」と言う。ペットブー
ムってありがたいですよね。人間以上に配慮された餌が用意されている。
飼い主は膝痛で足を引きずりつつリードを引っぱっているが、まだまだゴ
ン太は壮年期で元気一杯。「少しおすそ分けを」どっちを?って元気を・・・
「元気?やってン良いけど自由が欲しい。彼女も欲しい」っていうのが本
音かな、彼の。
 帯状疱疹、峠を越えたようで痛みもとれ疱疹も枯れてきました。

2月20日(日)晴れ
 痛みがひどい、とは聞いていたけれど段々ひどくなって「治療薬を飲
んだから大丈夫!」ではなかった。患部だけじゃなく体全体がなんかぴ
りぴりするような感じで、痛み止めを飲まないとおさまらない。ある方か
ら「殺しても死なないような人なのに・・・お大事に」とメールを頂いたの
には思わず笑いました。
 病気や怪我は、生きてるものが等しく死ぬことの心の準備のために用
意されたもの。「あなたも私もみんな一緒よ。みんな自分は死なないと
思っているけど、おっと気がついたら冥界の入り口だった、ということの
無いように練習しとかなくっちゃ」
 「食事からきている病気かも?」との指摘もありましたが、最近は何を
食べても美味しいのです、年ですかね。それと、30回は噛んで食べるよ
うに努力しています。帯状疱疹、大人に多い・ストレスに関係する病気とい
われます。皆さんもお気をつけください。

2月19日(土)曇り
 あっと驚く「帯状疱疹」・・・→泰定放心ってね(-_-;) てっきり湿布薬に
まけての皮膚炎か、内服薬のせいか、と自己判断していたら赤いハレが飛
び火するように広がって、左の太もも一面赤い月のクレーター?状態に。
皮膚科の先生は、患部を見るなり(帯状疱疹の)パンフを見せて「知ってま
すか?」ときた。聞いたこともある。他人の治った患部を見たこともあるが、
ナマナマしいのは初めて。二晩痛くて寝られなかったのよね・・・起きてる
時は良いけど >< 
 嫁さんからは「こんなになる前に行っとけば、痛い目見なくてすんだの
にー。意固地なのよね、あなたは」「あれもこれも重なってたからね」と、
判断ミスを自己弁護。記念に写真を何枚も撮り、子どもには「ほれ!これが
帯状疱疹というものだよ」とちょっと自慢げに見せて参考にさせた・・・あま
りに見た目が汚くて、お見せできないのがホントに残念。
 
2月18日(金)雨
 「高橋まゆみ」さんのHPを見させていただくと、《まゆみのつぶやき室》
というコーナーがあり、最後の署名が『高橋まゆみ拝』となっています。文
章も素晴らしいのですが、最後の「拝」という字が人柄を表わして輝いて
いるように見えます。これはある方のお手紙に必ずある、合掌に触発さ
れたのだそうです。
 「比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷(びく・びくに・うばそく・うばい)をみなこ
とごとく礼拝讃歎して、この言葉を作さく『我深く汝等を敬う、敢えて軽慢
せず。ゆえはいかん、汝等みな菩薩の道を行じて、まさに作仏することを
得べし』と」 法華経第20章 常不軽菩薩品(20−7)
 どんな人に対しても、「私はあなたを拝みます。あなたは仏となる身だ
から、決して軽んじません」と、お経も読まずただただ礼拝のみを行った菩
薩比丘、彼を常不軽菩薩(じょうふきょうぼさつ)と言う・・・高橋まゆみさん
も、菩薩であり仏の行いを為す方なのですね。
 常不軽菩薩はお釈迦様ご自身であると後に経典に出てきますが、(意固
地な)人の心を開いて行く力のある方が、すべて常不軽菩薩の仮身なので
しょう。


2月17日(木)曇り
 甥の大荒行帰山式に出席してきました。たくさんの方の参加とお手伝い
を頂き、暖かい気持ちに迎えられた式典でした。奉告文を御宝前で読む時
に、本人もその気持ちが昂ぶったのか涙で途中読めなくなり、祖母がもら
い泣きをするという場面もありました。お互いに響きあう心を「感応同交
(かんのうどうきょう)」と言いますが、今日の感激を忘れないで共に精進
できれば良いのです。頂くばかりじゃない人生をどう創造するか、今日一
日が魂の輝く日であるように。汗をかいて頑張ろう。

2月16日(水)曇りのち小雨
 今朝はずいぶんと暖かく、廊下の窓ガラスが湿気で曇るような状態で、
日田も春らしくなって来たと実感。当地では、3月一杯「天領日田おひな祭
り」が開催されています。いらっしゃってください。
 雛人形は本来「流し雛」で、《人形(ひとがた)に不浄を託して川や海に流
して、災厄を祓うという風習》から転化して、子どもの成長を祈る行事へと
発展したと言われています。不浄を託す存在から、成長を祈るものへの逆
転の発想は、マイナスからプラスへ向かうことで素晴らしいことです。誰が
その仕掛け人なのか?はともかく、飾られる雛人形にとっても幸せなこと
ですよね。


2月15日(火)終日雨
 お隣の農協に用事で行って、待っている間に「家の光」3月号をパラパラ
とめくっていると凄い人が載っている。その人の名は《橋まゆみさん》 
創作人形作家で「達者でなにより」という題で、おじいちゃん・おばぁちゃん
の人形を創作している方。ちょうど昨日、イワユル(昔の)おじいちゃん・おば
ぁちゃんらしさも見直さねばと書いた次の日に、こんな人形を創る人を知っ
たなんてなんと言う不思議!と思ってしまった。全国巡回展でつい最近福
岡にもいらっしゃってたみたいですが、ぜんぜん知りませんでした。和みと
いうか、あぁほっとするというか、そういうことに興味のある方は高橋さん
のHPをクリックしてみてください。作品「いのり」とか、スーッと引き込まれ
るような気がして、トリコになりますね。
 5月末から6月の大分芸術会館展覧、行きますヨ!

2月14日(月)晴れ
 人の気持ちは移ろいゆくもの・・・去年までは「おしょにんに」だった。今年
は「今日は息子さんが来ると思って用意していたのに・・・」と、まるで私が行
ったら悪かったかのように言われた・・・「ハイハイ、たしかにお預かりします。
若い方がいいもんね」孫のように可愛がってくださる気持ち、ありがたいで
す。
 妻曰く「男の人はそうとう年の離れた若い娘でも恋愛の対象と見るんだ
ろうけど、女の人は息子か孫のように見えるっちゃんね」最近の女性はそう
でもないかもしれん、と思いつつ・・・年をとったら、若作りも良いけれど、イワ
ユル「おばぁちゃん・おじぃちゃん」と言われる「らしさ」も大切だよね、と思う。
大(きな気持を持った)人、包み込む力を持った人になりましょう。チョコッと
の努力が私を変える(*^_^*)

2月13日(日)小雪のち晴れ
  ちらほら降った雪が、石の上でちょうどチョコ
ケーキの上の飾りのように見えた朝。
 「こんな寒い時にすみませんね」と前津江村のKさん。一周忌のご法事で、
部屋には2台の温風器が置いてあってぬくぬくしている。持参のお塔婆を
見れば、おじいちゃんの温かい人柄にちなんでつけた法名の中の「温風」
の字。息子のKさん夫婦もよく気がつく人たちだ。
 「温風器もね、灯油を入れて、線がつながってスイッチを押して初めてそ
の働きをするんだよね。私たちの仏性も一緒、持ってるだけじゃダメ。常に押
しておく気持ちとその働きがないと、仏の姿はあらわせんとョ。おじいちゃん
の法名を見たら、そげん思ってね」 改めて言うまでも無く、家族が心を通
わせていることが見て取れるK家。そんな家は、気持ちの良い時間が過ぎ
ていく。

2月12日(土)曇りのち晴れ
 夕方、軽自動車の引渡しをしました。新車で来たときと大違い、たった一
人に見送られてすっと出て行ってしまいました。あぁもうこれでお別れなん
だ・・・と柄にも無く感傷的になり、まだ動くだけになんかかわいそうな気が。
 仏教では「草木国土悉皆成仏(そうもくこくど しっかいじょうぶつ)」全
てのものに仏性があって皆仏に成れる、と言い「生きとし生けるものに魂が
ある」と考えます。車は生き物ではないからもちろん魂があるはずもないの
ですが、なぜか(車の)意志のようなものを感じる時があります。それは自分
の感情が投影された結果なのだ、と思いつつも・・・
 愛車にニックネームをつけてる人もいるそうですね。うちの場合は単に
「ケイ!」だったけれど、考えたらそれが愛称だったのかも。道具でありな
がら愛?車でもある。命を預けてるという意味では、(愛)人よりも愛車の
ほうを大事にした方が安全か・・・わけわからん(-_-;)
 
2月11日(金)晴れ
 丸9年我が家にあって、105,279キロ走った軽自動車といよいよ明日お
別れ。車検も考えたけれど、前後バンパーに4枚ドア、ボンネットの修理、タ
イミングベルト・バッテリー交換などを考えだしたら、もう代えたほうが・・・
ということになって、せめてきれいにしてから引渡しをすることにしました。
 で、日頃になく入念に掃除をした後パチパチと記念撮影。「う〜ん、(車
庫に入れてたから)遠目には凄くきれい」 掃除の後、「お天気がいいから
気分もいい。線香ローソクを買いに行こう」と乗って出る。ラジオがなんか
変〜と思いつつお店へ。ちょっとお話して、にこやかにお店の人に送られて
出たのは良いが、おっとエンジンがかからない。キーを捻ってもカチッカチ
ッというばかり。来る時はどうもなかったのになんでや(^_^;) そういや
ラジオはおかしかった〜
 ちょっとあせっていると、店長さんがブースターケーブルを持って来て
くれて即OKに。次の店へはエンジン切るのが恐くて行けず一旦帰宅し、お
寺の駐車場で試したら大丈夫。今度は念のために自宅のケーブルを積んで
買い物に行くも変調なくOK。で、ですよ。夕方、車を出しっぱなしにしていた
のに気づいて、車庫に移動させようと出て行ったら、今度はナゼか車内灯
が点きっ放しで、またまたバッテリーが上がっている・・・「車も最後の抵抗し
てるんじゃないの、お寺がイイから余生を暮らさせろって」

 (私)9年間の感謝を込めて、念入りに掃除したつもりだけれど
 (車)そんなもんじゃまだまだ・・渇!
 今回の交換はあんまり気がすすまなかったので、余計にそんな気がする。
「軽ちゃん、ゴメン」

2月10日(木)曇り
 「お墓はいつ建てても良いものですか?年忌の時じゃないとイケナイ
と聞きましたが・・・」という質問を頂きました。身内に新仏が出来たのと、
以前から集合墓を作りたいと考えていたけれど、「年忌の時じゃないとイ
ケナイ」と人が言うので、ということでした。よく聞くのが「閏年に起てる
のは良くない」という説ですが、なぜ悪いか?となると、石屋さんにも理
由はわからない・・・調べてみると(と言ってもネット上に幾つも出ている)
江戸時代の閏月を入れた13か月があって、支払いが大変だったから、と
言う。仏壇もお墓も閏年には購入しない(出来ない)・・・江戸時代も大変だ
ったんだ○△□ 
 では、年忌の時じゃないといけない、と言う説はどうか。友引や三月に
かかると悪いと同様、なるべく穏便に事を荒立てずに済ましたい、と言う
気持ちがあるようです。お仏壇もお墓も、ご先祖が気持ちよくおられるよ
うにとの配慮ならば、いつ求められても良いのです。華美にならず、手を
合わせる気持ちを形にできる場所として考えてみてください。

2月9日(水)曇り
 少し春らしい日和になってきました。4日が立春、明日はもう日蓮宗大
荒行の出行会(しゅつぎょうえ)で、100日の行を終えて各地の自坊(じぼ
う)へと帰れる日です。実際は地方回りをして、段々と自坊の帰山式へと日
程を消化していきます。髭もじゃの姿は篭って修行をした証、ちょっと立派
になって帰って来るお坊さんを、故郷の方々は首を長くして待っておられ
ることでしょう。
  
 初心忘るべからず・・・心を起こすことを「発心(ほっしん)」と言います。特
に最初の発心を「初発心」と言い、大事にしなければいけない、忘れてはい
けない気持ちであると言われます。時々、自分の原点を確かめてみましょう。

2月8日(火)曇りのち晴れ
 第784回目のお誕生日法要の『初御講』と、平成17年度の星祭り法要が
無事終了。たくさんのお手伝い(年間当番で町内別に割り振りしてある、も
と方と言う)のお蔭で、料理も片付けもスムーズにいきました。そのお手伝
いの一人に、久留米から来てくださったOさんがいました。もと方は町内別
とは言いながら、ほとんど市内だけで組織してあります。以前からOさんは、
「お参りに来てお斎をよばれるだけでは申し訳ないです。私もお手伝いし
なくちゃいけないんですが・・・」と言われていました。で、今日はエプロンを
持って料理つくりに参加して下さったと言うわけです。朝8時半頃集合とい
うことになると、久留米を7時過ぎには出ないと着きません。「お参りしなく
ては・・・」「お手伝いに行かなければ・・・」と、気にしてくださる方は星の数ほ
ど?多いのですが、Oさんのように実行する方は稀です。「言うは易く行な
うは難し」ですね。

2月7日(月)雨
 上下の席順のついでに、ニホンザルだって序列の中で生きているわけ
で、それは社会的に生きていく手段だと思います。誤解されるかもしれま
せんが、男女共同参画社会を目指すには、平等であるがゆえに立場や能
力が厳しく問われていくことも覚悟しなければなりません。「男だから上、
女だから下」でない序列を自分が受け入れられるか?を考えてみてくだ
さい。私は、法事の席では僧侶としていつも最上座ですから、個人のとき
は下座のほうが落ち着きます。こだわりすぎれば滑稽で、かまわなすぎ
れば無礼にもなる席順、皆さんはどうしていますか?


2月6日(日)曇り
 一緒に読んで頂こうと持参したお経本を手に取り、最初の「開経偈」まで
は何とか唱和する。しかし、なんだか間が持てないようで畳の上に経本を
置いて座を立つ施主。あるいは、用意したお布施や衣替えの方に気がいっ
て、お経を読まない施主。気持ちがこもっていないのが態度でわかる。後の
お接待のこととか気を使わねばならないことはたくさんあるかもしれない
が、まず気を落ち着けてどっしりと構えていたほうが、招かれたみんなは安
心する。もちろんご供養されるご先祖様も。法事の席は、普段滅多に無い大
きな声でお経を読むチャンスです、活かしましょう。間違っても大丈夫!それ
が仏縁になります。
  
 気になるのがお斎の席順です。上座下座とあって、もちろん招かれた方
が上座に座るのが常識だと私は思うのですが、最近の流行なのか招いた本
人が私の隣席でお接待してくださるケースが時々あります。変化するのが
物事とはいえ、お接待の基本も段々と変わっていくのでしょうか。
 

2月5日(土)晴れ
 ご法事のお斎で 「実はこの間不思議なことがあったんですよ。急死し
たイトコのお参りに行った晩に、その亡くなったイトコに救われたんです。お
寺参りで他の霊が憑いて来たらしく、家に帰ってから『肩が重い、なんかこ
の辺にいる、怖い、寒い』とか、目が据わってあまりにも変な言動を繰り返す。
それが、時間がたって塩水を飲んで、背中を強く何回も叩いてもらいしてい
るうちに、手を顔の上に合掌してからスーッと楽になったんです。
 後日、霊感のある方にみてもらったら『それは、イトコが除霊するのを助け
てくれたんだヨ』と言われました。自分はほとんど覚えていないんですが、
おしょにんさんそんなこと信じますか?」

 「信じるもなにも、霊魂があるから追善供養をし、先祖の魂の願い(子孫
繁栄・善導への思い)に応えられる自分を創っていこうと精進をする、のが
仏教じゃありませんか。イトコの方から良いものを頂きましたね。今度はその
ご遺族に恩を返さないといけないですよね。恩っていうのは、物々交換す
るものじゃないですけど。それと、お釈迦様は死んでからのことをあれこれ
思惟するよりも、今の時間を大切にしなさい、と仰っていることも忘れない
ようにしないとね」

2月4日(金)晴れ
 節分会豆まきの新聞記事を見ると思い出す。東京の本山(池上本門寺)
で修行していた頃、ミスター巨人軍・長島茂雄さんが祈願に訪れたことを。
思ったよりも長身で何より気さく、TVで見るそのままの感じ・・・その長島さ
んは1936年2月20日のお生まれとか。もうすぐ、お誕生日が来るんですね。
生まれながらにスター性を持ち、常に陽の当る場所にいる長島さんの座右
の銘は「洗心」 素直に思ったままを言い、行動しているのに敵を作らない
ように見えるミスターの行動規範は・・・心を洗う・・・懺悔(サンゲ)し、常に自
からを省みる謙虚な心、という意味なのでしょうか。裏の無い(ように見え
る)人柄そのものが、彼に対する人には、心を洗う水のように流れていくの
でしょう。今の私たちに欠けている配慮と思いが「洗心」にはあるような気
がします。
 ご病気が早く良くなり、その人柄でもって、また観衆を魅了されるように
願っています。人が人として輝く代表として。
 表紙

2月3日(木)晴れ
 「福は内!鬼も内!」 今日の節分、掛け声は? 日蓮宗では子授け
安産・子育ての神として鬼子母神(きしもじん)さまを祀るので、福(の神)
はもちろん内側に入るように、そして鬼(子母神)も内に入っててください!
というように掛け声を掛けます。

 鬼子母は一万人の子を持つ身であったが、他人の子を食べないと生き
ていけない奇癖があった。町の人から何とかしてくださいと相談されたお
釈迦様は、そのうちの一人を鉢に入れて隠された。愛児がいなくなったこ
とを知った鬼子母は一生懸命探すが出てこない。終にお釈迦様のものへ
相談行くと、「お前は1万人の子を持っているではないか。町の人は2人3人
5人しか子どもがいないのに、お前から食べられて大変な悲しみを感じて
いるのだよ。一人の命の大事さがお前に本当にわかるのか?その食癖が
止められるのか?」と諭されて、今までの悪行を悔い改めて仏様の弟子と
なり、子どもを食べる代わりにざくろを食べるようにもなった。後に、法華
経を行う者を守る誓いを立てられたことによって、神として祀られるよう
になった、と言います。

 昔話では、桃太郎は鬼が島で鬼を退治して宝を横取りしました。本来鬼
は恐いものであると同時に、力や不思議な宝を持つ象徴でもありました。

 鬼は我が内にあり・・・と感じて、先人がわが身にその力を引き出せるよう
に内心願ったとしたら、やはり「ふくは〜内!おには〜内!」になるのかも。

2月2日(水)曇り時々雪
 雪で真っ白になった運動場を散歩する、ゴン太のヤツは日頃よりよっぽ
ど元気にリードを引っぱる。「この瞬間こそボクの時間」っていうのを体で
表現。犬小屋にテレビがあるわけじゃなく、コタツにミカンが置いてあって
ぬくぬくしているわけでもなく、散歩と食事しか楽しみはないんだからネ。
 明日は節分、季節の変わり目であると同時に星回りの変わり目です。私
たち人間は、いつでも気がついた時に変われる可能性を持っているので
すが、何かきっかけがないと中々そのチャンスを活かせない。だから、先
師や先祖が「さぁ今だよ!」といろんな所に節目を創って下さっている。
どう活かすかはあなた次第。
 

2月1日(火)雪
 今年一番の寒波、いよいよ日田にもやってきました。朝10時頃まで道
路も真っ白で、毎月一日の祈願会は、お参りがお一人と家族3名の合わ
せて4名という寂しいものでした。
 そんな天気の中、約束どおり福岡からお参りに見えたWさん、ほんとう
にご苦労様でした。ご主人の3回忌を自宅で勤めて、後日改めてお骨を
預けている永代供養塔の前で征月命日のお経をという希望でした。大好
きだった豆ご飯に煮物、お花に飴を持ってJRで来山。持参の豆ご飯は蓋
を開けると湯気がホカホカ立っておいしそうだった。雪が舞ってチョー寒
かったけどいつもの倍は心を込めて読経。帰りは遅くなると怖いから、と
お誘いした昼食もとらずに駅へと急がれました。4日には、山好きのご主
人と登った(散骨もしてある)九重の山に旧知の方々と行く約束になって
いるらしい・・・情愛深いですよね、亡くなったご主人幸せでしょう、こんな
に想われて。

(先月へ)