No.31
1月31日(月)曇りのち雪
 朝、新聞を見ながら「昨日のテニス、サフィンが優勝(注 テニスの全豪
オープン)したね」と言ったら、妻は「そらぁ座布団がコートを舞ったやろ〜
ね」と言う。相手は地元期待のヒューイットだし、テニスはオーストラリアの国
技みたいなものだから、応援してる方が負けたらそれもありか・・・と妙に納
得してしまった。実際は、優勝者のスピーチは周りへの感謝・感謝・感謝、配慮
の気持ちで溢れていて素晴らしいし、観衆も決して座布団なんか投げない・
・・身贔屓もするけれど、勝者への賞賛を忘れないフェアな気持ちが見える。
 
 日本で言えば朝青龍関が勝ち続けているのを面白くない気持ちで眺め
ているような・・・だけど、横綱が負ければ座布団が舞い、勝てば勝ったで外
国人ばかり強くて面白くない・・と言われるような状態、とは違う。寒行の頃
が初場所で、先代は最後の取り組みを見終わってからやおら座を立って出
発、というのが我が家の恒例だった日本の国技相撲。地方巡業ともなれば、
祖父も楽しみにしていた。やっぱヒーローは日本人じゃないと血が躍らない
か?ハングリー精神じゃ外国人力士には負ける。体格でも負ける。昔は足腰
の強さで勝つと言ってたが、それもひ弱になってるし、そう考えたらこれか
らの日本人が勝つ要素はどこにあるのだろう?
 
 「日本人による日本人のための相撲じゃなければ相撲じゃない!」と言う
気持ちを捨てれば相撲は盛んになる。アメリカのベースボールのように、誰
がやってもベースボールの本質は変わらないと言う自信。「そんなものは、
国技じゃない」と言う人は、まず自分の礼儀正しさや感謝の心を育てるとこ
ろから始めねば、井の中の蛙と言われるよ。

1月30日(日)晴れ
 「引き物、いろいろと悩んだ結果トイレットペーパーにしました。これなら
倉庫に仕舞ったまま忘れられるようなこともないでしょうから。でも、荷物
になりますよね・・・」イエイエ、荷物は車が運んでくれますからご心配なく。
お寺さんはいろんな物があるから・・と悩んだ結果のトイレットペーパー、ち
ょうど切らしてグッドタイミングでした。随分前にも、ある方から144個もの
ロール紙を頂いたことがあって、本堂横に掲示していたのを見る機会があ
ったのでしょう。
 それで思い出したのが、昔うちの先代に仲人を頼まれた方が結婚式の
引き出物を消火器にしたコト。周りからは「何もそんな物にしなくても・・・」
と、かなり反対されたようですが意志を貫いたそうです。そんなお2人だ
からこそ?今も情熱は消えることなく熱い夫婦生活を続けられています。
普段何げなく頂く引き物にも、施主のたくさんの思いが詰まっていること
を改めて感じさせられた日。「カミを信じますか?」「ないと困るが・・・」
 

1月29日(土)晴れのち夕方から雨
 ご法事の席で「ぎっくり腰や膝痛はどこの病院・整体・整骨が良いか?」
と言う話になった。市内はもとより、山を越して福岡県とか熊本県の○○
が良いとかいろんな情報を交換する。農家のIさんは数年前に熊本で膝の
手術して経過が良いらしく、来月も近くの方に紹介し一緒に連れて行くと
言う。みんな藁にもすがる思いというか、いくつかの病院廻りをした結果
熊本へ、ということらしい。機械化が進んでいても、仕事柄農家は膝や腰
を痛める人が多い。「四の五の言わんから治れば良い!多少カネがかかっ
ても」 我慢できない痛みであれば、行くしかない。腰が90度曲がってい
たり膝が湾曲している人、まだまだ多いです田舎のお年寄りには。お坊さ
んには・・・そんな人いないな。痛風の人は、あるみたい。

1月28日(金)快晴
 久しぶりにポカポカとして「あぁなんて気持ちの良いお天気」の一日だ
ったが、そんな気持ちとは関係なく中津江村に死去人が出来て枕経に伺
うことになる。上るに連れて所々に2・3日前の雪が残っていて、明後日の
お葬儀は天気がちょっと心配になる。予報では「この冬一番の寒気団が
やってくる」と言っているし、谷あいの道は狭いし雪が降ったらお手上げ
になるだろうなぁ。いざとなったら、国道に車を置いて4駈でお迎えに来
てもらうしかないか?
 亡くなった方は2年ほど前に脳梗塞で倒れて、自宅療養中だったらしい。
それでも、昨日までは元気だった、と言う。ポックリと逝ってしまう人間の儚
さを感じる。昨日は昨日でヨメの友だちがやって来て「私、したいことはも
う我慢しないで全部やる!」と宣言したと言う。なんでも同級生が病気で
倒れて危ないらしい。彼女の「我慢しない生き方、お手並み拝見」今までも
相当我慢しないでやってたみたいだけど・・・

1月27日(木)曇り
 ある人曰く「日蓮宗と一括りに言ってもお坊さんの考えはいろいろだか
ら、いろんな日蓮宗があるんだなぁと感じることがある」「たしかにその通
りだ」と思う。人の考えは十人十色と言うが、教義はさておき、モノの考え
ようや捉えようは千差万別。・・・なのに、変わらないのは内容で、30年くらい
前の会議でも「僧侶の資質向上は緊急の課題」「宗門発展のために」と、こ
とあるたびに言われていたが、おそらく今でもその発言は繰り返されてい
ることだろう。
 しかし、考えてみれば檀信徒の方が「お寺のために」日々努力しているか
もしれない。今日もあるところで言われました。お友だちとの会話だそうで
す。「お宅のお寺は寄付はどう?そう、少なくて良いわねって。・・息子さんが
大学行くのに寄付を集めるお寺もあるそうですね。そういう会話がお年寄
りの間ではしょっちゅう交わされていますよ」

 今のお年よりは先祖も大切にするが、次世代に自分たちのことで迷惑は
掛けられないとも思っているから、キリを付けられるなら自分の代でキリを
付けたい。お寺を選ぶのは面倒だから、捨てたほうがせいせいするかもし
らん。そういう時代が目の前にきている。

1月26日(水)小雨のち晴れ
 ムクドリが大挙してやってきた後畑に行ったら、大根やブロッコリーの葉
がついばまれてすっかり丸裸状態になっていた。本堂の前で、枯葉をひっ
くり返して虫をあさっている時はカワイイと思っていたが、トリもけっこうイ
タズラするじゃん。葉っぱ食べるのニワトリくらいかと思っていた。出荷する
わけでもないので少々の被害はいいけれど、農家だったら「霞み網かけちゃ
る〜!一網打尽だ〜!」という気持ちになるね、多分。(注 霞み網は法律
で禁止されています、使用してはいけません)ドバトに殺虫剤入り飼料をやっ
て大量死させた職員というのがニュースになっているけれど、やってしまっ
ちゃおしまいバイ。共存も難しいが、なにか方法があるはず。
 殺生や虐待・遺棄はもってのほか。我慢がなくて、しちゃいけないことは
後先考えずに簡単に実行する、というのが現代の風潮。

 楽になるのと楽をするのは似て非なるもの。
 生まれることは難しく、生きていくことはなお難しい。

1月25日(火)曇りのち雨
 長崎県教委の調査によれば《中2の18.5%が、死者は生き返ると信じて
いる》という。 生まれ変わるというのではなく、そっくりそのまま同じ人
として生き返るということ?復活とか再生とか丸のまま信じきれていると
したら、凄いことだ。戦後の科学万能主義教育では、命は一度っきりであり、
たとえばキリストの復活は眉唾のウソ、だったはず。「戦後の教育は(科学万
能主義だから)ダメだ」と言われてきたのに、死者の生き返りを丸のまま信
じきれる子どもたちを18%も作っているとは・・・ロマンがある、と言うのか・・・
事件の理由解明の糸口を求めて真剣に問う大人に、彼らなりにマジメに答
えた結果なのだろうか?
 
 魂は永遠であると同時に諸行無常(体も含めて不変のものは無い)であ
ることは、宗教者が口を酸っぱくして言ってきたことだが、お年寄りは宗教
離れの現実主義で再生・復活なんかはなから信じてなく、若者は超常現象や
オカルト好きで、宗教と関係なくTVや本の死者復活を鵜呑みにする。映画界
で今流行りのアイテムは、《ドラゴンと剣と騎士、呪文そして復活!》影響さ
れないはずがない。

 アメリカでは、キリスト教右派信者の実に7割くらいがイエスの(マリア)処
女懐胎を信じているらしい。熱烈な信仰の結果としての処女懐胎神話と、日
本の中学2年生の死者復活神話?とは、「そうであって欲しい」という気持ち
の部分で一緒のような気がする。

1月24日(月)晴れのち小雨
 先代が小僧の頃(80年位前)は、「寒行は一人で、提灯を腰にさして回
っていた」と聞いたことがある。田んぼの中に家も点々としかなく、もち
ろん街灯などなく、一人で歩けば大きな声を出して太鼓を叩くしかなかっ
ただろう。志はもちろん現物の米!首に下げた頭陀袋はずしりと重かった
に違いない。貧しい時代ゆえ、口減らしでお寺にあげられた小僧さんがた
くさんいた頃。どんな気持ちで夜道を寒行して回っていたことだろうか。
 小僧さんが寒行しているのを見て、檀家のおばぁちゃんがこっそりと飴
やら駄菓子やら、お小遣いの5銭でも下さっていたのかな、と想像する。
「これはネ、あんたの分。おしょにんには内緒バイ」 「ワシは体がこまかっ
たから、『むげねぇ(かわいそう)・・・』とよく言われよった」
 私の子ども時代は今と一緒で、檀家さんも参加する行事になっていまし
た。でも、やっぱり子どもは可愛がられていたなぁ。なぜか、お寺の前のお
ばちゃんが私の手を引いて参加していたことを、今頃になって思い出す。
みんなが、一緒になって子育てしていた良き時代だったのかもしれない。
そうそう、おばちゃんは死ぬまで独身だったし、うちの檀家さんでもなか
った・・・いい人やったんやろうなぁ・・・

1月23日(日)雨のち晴れ
 福岡にご法事があるので日田インターまで行くと、《大分方面雪のため
通行止め》の掲示がある。予報ではこの辺も雪だったが未明からずっと雨
だったので、まさか雪で通行止めになっているとは思いもよらなかった。
インターで降りる車の列を横目に、反対方向でラッキーと思いつつ高速に
乗ると、日曜のせいか流れが遅い。途中、反対車線では、事故があったみ
たいで消防車に救急車、パトカー等が並んでいる。後で一緒になったご法
事の方から「事故があってたでしょ?私たちが通った時は、ボンネットから
煙が出てた」と聞く。どうも整備不良の事故らしい。「よりによって高速道
路で発火しなくても」と思うが、「高速だからこそ」の事故なのだろう。始
業点検?していれば防げたかも・・・かく言う私は、したこと無い、です。
 ボンネット開けるのは、バッテリーがあがった時くらい。この間も嫁さん
が「軽」やっちゃったんですよね。電話があったので、ケーブル持って駆け
つけて、いっちょ上がり。練習効果っていうのか、慣れると(-_-;)すぐでき
ますね。いろいろと不具合があるのも、ある意味良い勉強になります。

 良い勉強と言えば、今日ご法事のT家の子どもたち。家でのお膳でした
が、高一の長男さん以下男の子も女の子もよく働くので、見ていて気持ち
よかったです。日頃のしつけでしょうかね、感心しました。両親も感じ良いし、
共働きだからみんなで支えあっているようでした。一番喜んでいるのは、
やっぱり年忌のお祖父ちゃんでしょう!「供養って、子や孫が元気にして
一生懸命生きてるのをご先祖に見てもらうのが一番だよ」って、いつもの
十八番をお経の後にお話したけど、その通り出来てるTさんち。立派です。

1月22日(土)晴れ 寒行最終日
 「今年の寒行は靴が汚れんかった」というのが参加者の感想。お天気に
恵まれて、延べ151名の参加者でしたが事故なく終了いたしました。喜捨の
家々、お接待いただいた各地区や個人の方々にお礼申し上げます。浄財の
一部は、中越地震とスマトラ沖地震被災者への義援金とさせていただきま
す。
 ちょっと疲れました・・・
 
1月21日(金)晴れ 寒行5日目
 寒行の前にF家のお通夜があり、無理を言って17時からのお経にしてい
ただく。奥様はお元気だったけれど、急に心臓の発作で亡くなられたらし
い。ご主人が、自身介助されながらのご挨拶にもかかわらず、私にも気遣
いをしてくださったのが嬉しいやら労しいやらだった。夫婦として共に暮ら
した70年の時間を考えると、半身を割かれたようなお気持ちだろうと思う
し、なによりまだその突然の死が受け入れられないのじゃないだろうか。
奥様も日頃から十分夫に尽くし尽くされた人生だったと思うが、最期の一
言がやっぱり言いたかっただろう。「ありがとうございました」か「先に行
ってごめんね」か。そう想像させる仲の良いご夫妻だった。お釈迦様の膝元
に先に行っててもらいます!列席者にも「明日はそう願ってお送りしましょ
う」って言ったしね。

1月20日(木)晴れのち小雪 風強し 寒行4日目
 「大寒」らしく?朝から寒風が吹いて、やっと寒行日和になってきた!(^^)!
 今も雪がチラチラ降っていてイイ感じ。昨日は裏口に来たHさん、「まめ
が出来たんで寒行ちょっとお休みします。温泉に行ってきま〜す」と。「わざ
わざ言いに来るなんて、裏表がない彼らしくてイイよね。Hさんみたいに俺
も膝痛いから休みたいな〜」と思いつつ、あと3日頑張らねば!とネジを巻
く、古ッ!今日が一番距離があってオマケにアップダウンと石段あり。でも、
昔に比べれば距離は3分の1は減ってるね、と遠くを見る目つきに(-_-;)
 今朝の新聞によると、お遍路さん体験や代理参りゲームのソフトが売れ
ているらしい。体や足が悪くて実体験できない人や行く前のシュミレートに
はイイのかもしれない。と思いつつ、やっぱ修行は支えてくれる人あってこ
そ(お接待・辛い時こそ助けあい・変化の人)だから、その有り難味が実感で
きんのはイカンなぁ、というのが本音です。楽な修行ちゃ無い!んですから。
もちろん、行く前に膝を痛めてるなんて言うのは論外、自己管理能力ナシ
 

1月19日(水)小雨のち晴れ 寒行3日目
 『右左折でウィンカーを出さない人(車)が多い』新聞を読みながら、妻
からの「そうよね、多いよね」という反応を待っていたら「あなたもそうよ
ね!」ときた。おっと!そうくるか・・・あくまでも一般論として、道に迷って
いきなり右左折、というのはよくあるパターンだと思う・・・でも自分では、
マメにウィンカーを出しているつもりだが、妻に言わせると「あなたもい
きなり派ね!」となるらしい。要するに、自分が思う自画像と他人の眼は
あまりにも!違うっていうこと。
 Tさんは「お経をあげるとなんとも言えない気持ちになって・・」と、熱く
なって自分の魂の穏やかさやきれいさを語るが、周りからは超ワガママ
の自己チューと見られている。自分は神経質だと言うHさんは「亡くなっ
た夫の死に顔が怖かった。それが目の前に出てきて眠れない」と、みんな
の前で平気で言う。40年連れ添っても怖いって言うのは生前の業か?
う〜ん、みんな中々やね!
 会話こそが自分を写す鏡。理解のための会話不足が、現代社会の病根
の一つ、でしょう。恐くて鏡を見れない人や敢えて見ない人もいるけどね。
 

1月18日(火)晴れ 寒行2日目
 昨日の寒行、夜は穏やかな天候に恵まれました。世代交代で新たな顔
ぶれが2名加わり、歩いた人は20名。歩けないので炊き出しに来た方が2
名。14年前に、1年を1回として、参加回数を尋ねたところ多い方で「50回
くらいじゃろう・・」大まかな自己申告、若いときから「私は毎年来ちょる」
という方々がいて、今年も4名参加していますが、高齢化していることは
たしか。足がね〜言うことを聞かんのヨ。♪♪昔に比べれば道路もよくな
って、歩きやすくなってるって言うじゃなぁい。だけど、体がいうことを利
かないんですからぁ、残念!♪♪私も他人事じゃない、サポーターして何
げなく颯爽と先頭切って歩かねば。

1月17日(月)雨のち晴れ時々雨 今日は寒行初日です
 銀行で待っている間に、週刊誌の犬の性格判断が載っているのでパラ
パラッと見る。と、我が家のビーグル犬の性格は「頑固で運動好き、頭は
あまりよくないが飼い主には従順」とある。どっかで聞いたような文句、
俺じゃんまるで。よくまぁ、ここまで飼い主と似れるもんだと感心する。私
の場合の飼い主は○○ですが。続きがあって、「出されたものは丸呑みする
ようによく食べるので、太りすぎに注意」そういえば私も最近太り気味。似
てるから飼うようになったわけじゃなく、ある事情で飼わざるを得なくな
ったゴン太。お互いに足腰に気をつけて、他山の石として頑張ろう。
 
1月16日(日)小雪のち曇りのち雨
 葬儀全般な〜んにもわからない・・・という方が増えているのはわかるけ
ど。でも、これから出棺しますというのに担ぐ人がいない、という事態はち
ょっとおかしいぞ。葬儀屋さんが来て、「男の方は玄関で靴を履いてお待ち
ください。私たちがそこまで運びますので」という言葉でゾロゾロと出て
行った男たち、一体どこに行ってしまった?玄関まで運んだのはいいが、
棺を受け取る男がいない。葬儀屋さんもちょっとあせってたね。
 こんな田舎でも、お任せで行事が務まるようになって手順の段取りをす
る必要がなくて、結果なにをすればいいのかわからない人が増えている。
他人が働いている時、自分が何をすれば良いか目ざとく見つけて働こうと
いう気の無い人が増えている、とも言う。何かあったときに『お客様状態』じ
ゃぁ、いつまでたっても何にもわからない。

 『虚空の中において天鼓おのずから鳴って妙声深遠なり』(法華経17−16)
 天の鼓は自ら鳴ってその音味わい深し 打てば響くは当たり前、天の鼓は
打たずとも妙なる音を奏でる 
 自分から動こうという気持ちが大事、言われてするようじゃまだまだ

1月15日(土)曇り時々晴れちょっと雨
 お通夜に伺って写真を見ると、ずいぶんと若いときの写真・・・今朝、枕経
でお顔を拝見した時には、髪は真っ白だったけど、写真はもちろん黒々とし
ている。ちょっと変。「本人が写真撮られるのを嫌がっていたから、若いとき
のしかなかったもので」 無いものは仕方が無い・・が、本来遺影はのこった
者が死者を偲ぶ縁となるもの。あんまり掛け離れていると、ピンと来ないの
ではと思ってしまう。
 そこで、「きれいな時の写真を残したい」方は誕生日なんかの記念日にパ
チリ!うちの母は、玄人並みの腕前の叔父に着物姿の花付きで撮ってもらっ
て自室にかけています。今も元気ですが、たぶん自分が一番好きな元気な頃
の姿、だろうと思います。「私にもこんなにきれいな瞬間があったのよ・・」母
の密かな自負心。そう考えると、お通夜のHさんも「俺も若くてバリバリのと
きがあったんだー!」と言いたかったのかも。変って言ってすいません。

 考えてみると、写真ってあんまり悲しいときのものってないんですね。
 ホントに遺したい写真ってどれくらいありますか。

1月14日(金)晴れ時々曇り
 2月16日は『日蓮聖人の誕生日』いわゆる「降誕会(ごうたんえ)」なので
すが、ちらりと見たTV(サッカーWカップ予選関係)によればキム・ジョンイ
ル総書記の誕生日でもあるらしい。日蓮聖人の場合は、前日の15日がお釈
迦様の亡くなられた涅槃会(ねはんえ)なので、(転生思想というのか)16
日のお誕生と古くから言い習わされているようだ。翻って、北朝鮮の金総
書記の場合はどうなのだろう?カレコレ、較べるほうが変?
 

1月13日(木)曇り時々晴れ
 「エ〜ッ!マジッ?」それはHさんの一言から「おしょにん!車洗ってやる
なき、キーを貸しない。僕は他人の車でも汚いとイヤなんだよね」この家の
人たちは、みんなマメで親切心旺盛。「う〜ん、でも帰って洗うから」と、かな
り断ったけれど、「すぐ済むから・・・井戸水だから温いし」と言って、彼はホー
スとタオルを持って手洗いしてくれました。法事のお膳を準備するちょっとの
間のコト、私は衣で雪駄履きだから見てるだけ。あまりにも汚い車で行った私、
自慢できる話しじゃありませんネ。でも、帰ってもう1台とバイクを洗車し、ワッ
クスを塗りましたので、安心してくださいHさん、感謝してます。ホントはね、車
検も近いしその時一緒にしてもらえるかなぁ・・・と思ってたんだよね。どこまで
も、私は車洗いたくない人でした(-_-;) 

1月12日(水)晴れ時々雪
 ハレと入力したら「腫れ」と出てきて、あぁ今の自分の膝だ〜と思ってしま
った。よせば良いのに、この寒いのにテニス三昧してまたやってしまった膝。
嫁さん曰く「あなたはほとんど準備運動しないもんね!」ときた。たしかにそ
の通り。コートが空いてるとなんかコートに申し訳なくて、「物言わぬコートが
俺を呼んでいる・・・」てな感じで、真っ先に出て行ってボールを追いかける。病
気じゃぁ。正座もままならず寒行もあるしで、膝痛抱えては一大事、尻すけを自
作しました。今の状態じゃ、寒行以後もしばらくラケットを封印しなければ(-_-;) 
やっぱ好きなものを絶つ!のは辛いよね。復活も気力次第、リハビリに精を出し
ます。

 北朝鮮の「長髪は不潔で士気をそぐ、西洋かぶれ」キャンペーンについて
 冷戦が終結して、宗教や経済が紛争の種になっているように、社会って基本
的に敵を作っておかないと安心できない心理ってあるんだなぁと思う。敵愾心
によって社会や会社をまとめるとか、不正や不公平から目をそらせる。あるい
は、個人的には思い込みによって情緒を安定させるとか。博愛という言葉から
は遠いけど。

 博愛と言えば、キリスト教は「我が名を讃えよ」と、神による正義を構築しよ
うとするが、仏教は?
 お釈迦様は『わたしを祀れ』とはおっしゃらなかった。『眼を開けなさい!自
分の意思で歩きなさい!私もあなたがたと共に歩もう』と語りかけるのみ。

1月11日(火)
 1・1・1 きれいに並んだ数字と思いながらPCの画面を見ていて、「あち
ゃ〜!」今日は結婚記念日だったことを思い出す。「オイ!今日は記念日
やんか」と言いつつ、台所にいた嫁さんに抱きついたら、三男が「なんしよ
ん・・・」とちょっと距離を置いた物言いでそそくさと2階へ。年頃の彼の手前、
ちょっとオーバーに愛情表現をしてみせる・・・
 起きてみたら一面の雪のあの日、本堂で式典を挙げたんだったが、やっ
ぱ新年早々はいかんね。記念日すら忘れてしまう。今回は二人とも忘れて
いたから、ある意味ラッキー(^_^;)でした。皆さんは記念日くれぐれもお忘
れなく!

1月10日(月)
 成人の日、共に社会を支えていく気概を私たちも持ちましょう。
 法事の後のお膳で、檀家さんから「今日は、奨学金のお願いはしないの
ですか?」と言われ、早速袋を用意。いつも募金袋は持って回っているけれ
ど、地区や檀家さんによっては「毎度毎度の賛助募金お願いします」状態で
すから、たかが100円と言ってもやっぱりイヤだろうな・・と思ってしまう。お
寺を出るときには「ゲット!」と思っていても、法話の後に賛助を言い出せな
いことも、多々あります。今日のように、檀家さんから言ってもらうとお金と
一緒に勇気も頂く気がします。皆さん「お賽銭のようだね」とか言いながら、
気持ちよく出していただきました。ありがたくて涙が出ます。ついでに応募も
しっかり宣伝。「子どもさんやお孫さんがいらっしゃったらご応募お願いしま
す。募集は5月中です」と。

1月9日(日)
 今日は寒かった〜多分、今年一番の寒でしょう。朝から曇って、昼頃まで
雪だったし、これが昨日だったら足下悪い中を祈願会に来てもらうのは気
が引ける。お天気を自分の都合で変えるわけにはいかないが、感謝するこ
とはいつでも出来る。昨日の天気に感謝!

1月8日(土)
 さぁ今から水かぶり!という時、三男が帰ってきた。その手にはアイスク
リーム・・・「よう食えるね」「なんとなく気分」「水かぶらん人は、気楽で良い
ね」と会話を交わしていると、Kさんが居間に入ってくるなり、「おしょにん!
樽の中に雪入れとこうか!(^^)!」と笑顔で言う。この方は毎年そう言いなが
ら部屋に来る。水行樽を見ると、氷とか雪とか入れたくなるみたいだが、幸
い未だ実行せず(^_^;) 
 実はみんなも密かに期待しているような気配がある。「う〜寒っ」と言い
ながら、もっと寒そうな現場を見たい・・・私もね、他人がかぶる分にはどん
なに寒くても平気、全然OK!ですよ(*^_^*) 
 でもまぁ、ご祈願をするのに、お経はもちろんせめて水なっと被って気合
を入れないと、申込みの方々に悪かろうと、殊勝な気持ちで勤めさせてい
ただいています。今年、それぞれの方がわが道を歩くのに加護を頂けます
ように。そして、周りの方に気持ちよく接することが出来ますように。
 

1月7日(金)
 お客さんから「鏡餅がひび割れたので代えて欲しい」と言われた、ある
御菓子屋さんの嘆き 「パックに入ったお餅しか知らない人がいるらしい。
いつでも出来たて感覚は良いけど、本物を知らんちゃろう!お餅はひび割
れるし、カビも生えるし、固くなる。だから、鏡割りの時に下ろして、小さく切
って水につけ保存食にする。ところが、パックのお餅は下手すりゃ次の年ま
で大丈夫、裏の賞味期限を見なければね。本物は、乾燥した室内に飾れば1日
でひび割れるのが普通やろもん」って、パック餅は偽物か(-_-;) 
 パック餅はカビが生えなくて安心だしきれいだが、安心神話はまず普通
の状態を知っているところから始まる。餅カビにしても、食べられるものと
そうでないものとがあるわけで、先祖代々の『生き抜く知恵』とでも言うべ
きものが伝えられてこそ、豊かな生活が創造されていくのだろう。

 大丈夫、ひび割れたくらいでひるんじゃいけない、世の中には「とうもろ
こしでん粉のお餅」もあるらしい(日本鏡餅組合発表から)。ビールの世界で
も、ビール→発泡酒→その他の雑酒(サッポロドラフトワン)と進んで、代替商
品開発(モドキ)が盛んになってるくらいだから、100%もち米使用鏡餅はそ
のうち重要民俗食料品?になる・・・豊かな時代のモドキばやり。
 とうもろこしでん粉のお餅って、味はどうだろう?知らないうちに口にし
てるんだろうか?11日が「鏡割り」です。

1月6日(木)
 日蓮宗の総本山は、山梨県の身延山久遠寺です。本山では、五重塔を建
立しようと事務局を立ち上げて寄付を募っています。そのHPの中に、『五重
塔勧募について、個人名義の口座に振り込んでいただくことを、いづれの団
体、個人にも依頼しておりません云々』という注意書きがあって、今風なの
に気がつく。
 振り込めサギと同じように、口座を詐称してでもお金を騙し取りたい輩が
いて、鵜の目鷹の目でチャンスを窺っているのだろう。この場合は、自分が
直接手を下さなくても、振込先を指定するだけで送金してくれれば、「ラッ
キー!」振り込んだ当人は、この不況下でもあぁ良いことをした!と満足して
いるのに、いつまで経っても本山からはナシのつぶて・・・オカシイ?と思って
問い合わせたら別口座だった、騙された!という感じか?気をつけたいもの
だ。
 先日、高校生が「お年よりはタンス貯金で貯め込んでいるから、自分たち
が代わりに使ってやった。社会のためにもなると思って」で、高級フランス料
理や外車を買って乗りまわした、という事件があったが、その轍を踏まない
ためにも寄付云々は身を引き締めて、まず発願者が自分が一番にさせてく
ださい、の気持ちがいるだろう。

1月5日(水)
 福岡の甥が来訪。彼は立正大学の4年生で寮生活中です。玄関上がって
くるなり、「お父さんから、日田に行ったらまず本堂でお経をあげなさいと
言われてるんで、ちょっと失礼します。」と言いながら本堂へ行こうとする
ので、「いいねぇ、叔父さんと一緒にあげよう!」と言うと、「でもちょっと緊
張しますよ」と言いながら、お父さん譲りの、低い鍛えた声でお経をあげて
くれました。低く通る声は聞く者の心を落ち着かせるので、魂に染みとおる
ような気がします。きっとお釈迦さまもそんな声で教えを説かれ人々を導
かれていたんでしょう。『頼もしい若者よ、法を灯りとして自分の足で歩い
ていきなさい』と。
 今日は、うちの次男と彼女の話で盛り上がっていますが・・・今春、自坊(自
分のお寺 この場合は親の寺であるが)に帰って、師匠であるお父さんのお
手伝いをすることから僧侶の生活が始まります。楽しみです。
 

1月4日(火)
 今日は仕事始め。さっそく朝一番の電話が「金はいかがですか?」のS
交易の平良嬢からで、相変わらず元気。「お元気ですか?明けましておめ
でとうございます。・・・・沖縄の実家に帰ってたんですが、実は掛橋さんに
沖縄のオミヤゲがあるんですよ〜おあげしたいので、伺っても良いです
か?」ときた。「イーエ!頂く筋合いがないのでいりません」電話でお話し
する分には時間は割けても、北九州から来てもらうほどのことはない。会
えばちょっと義理を感じる古いタイプの人間だし、かかってきた時にお話し
するくらいが関の山。想像するくらいがちょうどイイ。「お仕事、ゴクロウサ
マです」
 私はコロッとのせられるクセに、ガードが固いと自分では思っている。イ
チコロになるパターンというのがあるんですが、電話勧誘ではコロッとい
ったことは無い・・・最終的には「欲しい」という気持ちがどこかにないと、話
には乗りませんよね?でも、義理がある人にはチョー弱い。この場合は、欲
しくなくても買ってしまうコト有り。無理やり自分を納得させて。皆さん方は
どうですか?精神衛生的には良くないよね。

 午後は「108の煩悩って何?」とおじさんが訪ねて来ました。四苦八苦の
説明をして、生きていく苦しみを共に語りました。ぼーっとしていても、毎日
いろんな悩みが生まれてきます。ほらっ、「ひとりごと」が面白くないとか、
いろいろとね。
 明日は妙榮寺の、仕事始めです。

1月3日(月)
 駅伝・サッカー・ラグビー等々が、この時期テレビや新聞紙上を賑わせ、
プロから実業団や大学、高校果ては中学クラスまで全国大会が目白押し。
応援する方も力が入ります。特に、卒業校が関係すると異常に熱が入るの
は私だけ?じゃないですよね。箱根駅伝なんか特に伝統がらみで、これで
もかっていうくらい愛校心をそそります。残念ながら私の母校は下〜のほ
うだから、あんまり話題にもならなかったが・・・それで、息子の母校を代わ
りに応援。去年まではシード権争いの10位台にいたけれど、今年は2校とも
大躍進で万々歳!後もうちょっとで31年ぶりの優勝か!テレビの前の応援
も「オッオッオッ!ガンバレ〜!!」と絶叫調。しかし、良い所までいってもや
っぱり伝統校は強かった、駒沢の4連覇。
 息子曰く「俺はね、彼らが限度一杯一生懸命やってるのがわかるから、こ
れ以上がんばれっては言えないね」と。親のほうがムキになっていた。いつ
もその傾向があります(-_-;)応援する者は、ちょっとオーバーなくらいアク
ションをしないと目立たないが・・・選手は、闘志を胸に秘めて冷静に行動、が
理想ですね。最近の傾向は、「リベンジに燃える選手像」がよく語られているよ
うな気がしますが、案外本人たちは親の喜ぶのが見たいから頑張れる、とか
思ってる?
 一つの大会では優勝者は一人。でも、長い競技生活の中で勝利者は誰?と
考えた時に、その時点で優勝する者は一人であったり一団体であったりする
わけだけれど、最終的には一人一人の受け取りよう。そこに至る過程や結果
を受け止められる器を持てるように努力しないと。それが、私たちの日常の
中での仏道修行ですよね。よりよく生きるために、生きてるわけですから。
 アーレフの幹部のように熱湯修行をしても、それは見せかけのコケオドシの
修行じゃないかな?死ぬまで体を痛めつけて誰が喜ぶ?仏様は悲しみます。

1月2日(日)
 熱心に電話勧誘をするS交易の平良さん、年賀状も頂いた。彼女は、断っ
ても断っても決してめげない。「こんにちわ〜お元気ですか?・・・・どうした
んですか?元気ないですね?お手紙見てくださいましたか?今度お会い
してください!金は関心ないですか?」「関心無いことはないけどいりま
せんし、お金もありません。うちの嫁さん、何回も断ったのにかかってくるっ
て怒ってたよ!」とはっきりお断り。でもまた掛かってきた。この間は「檀家さ
んは何軒くらいあるんですか?」ときた。彼女の言った数字は、当寺の檀家
数にほぼ一致する・・なぜ知っている?金は持たなくてもいいけど、彼女の
持っている内部資料が見たい。そして、彼女の熱心さを見習いたい。今頃は
実家の沖縄に帰っているらしい。3が日が明けたらあの声が聞けるだろう。
皆さんは、相手がハイテンションだと、ちょっと引いてしまうってありません
か?胡散臭い・・・臭いがする。

1月1日(土)
 読誦会恒例の、年の数にちなんだ2005円入りのお年玉袋は誰の手に渡
ったものやら?と思っていたら、参拝客が少なくて残り物に福になったみ
たいで、今朝残っていた袋を子供用に流用しようとした妻が引いてしまっ
た。「どうしょう?」って言うから、「みんなも引いた残りだから貰っといたら。
8日の新春祈願会にもう一度用意して、福をトリいれてもらえば良いよ」と
なりました。お年玉作りを手伝った息子も「ゲット!」と狙っていたけど、何げ
なく引いた人に当るもんなんですね〜
 
 新年早々、そして最悪のお年玉が世界中の人々に配られている・・・
 曰く『アメリカ 核軍縮合意を反故にする意向』 なにがなんでも、使え
る核兵器開発を目指すブッシュ大統領。京都議定書も核拡散防止条約もケ
チラカシテ行く。彼は神の啓示を受けていると自称しているが・・・「神」も呆
れて「新年早々、俺を利用するなよ」って怒ってますよ、きっと。「いい加減に
せい!」
 
 『お年玉」の語源 タカ印紙製品のHPより
 『お年玉」の語源は、古来の風習であった年神様に奉納された鏡餅を参拝
者に分け与えた神事から来ていると言われています。鏡餅は元々鏡を形ど
ったものであり、魂を映すものと言われていたことから「魂=玉」とも言わ
れていたようで、年神様の玉ということから「年玉」、神様のお下がり物だ
から「御」をつけて「御年玉」と称され、これを戴いた参拝者である家主が、
家族や使用人に砕いて半紙に包み分け与えたのが「お年玉」の起源とも言
われています。』
 お年玉と神、深い関係にあるんですね。
 

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