No.30
12月31日(金)
 窓の外は、思いがけない雪の大晦日にもかかわらず、朝から次々とお
墓参りの方々がやって来ます。幼い子どもさんを抱いた若いご夫婦や、
福岡から大分市に里帰りする途中に寄った家族、一人だけの方等、一年
の報告と感謝を込めてお参りされる光景は、見る者の心をきれいに洗っ
てくれます。そして中には、祈願の申込みを済ませ「息子夫婦が初めて
簡保の宿を予約してくれたので、これからみんなで年越しに行きます」
と言う方もあって、なんかうれしくなります。

 お寺の中では・・・「ねぇ!聞いてくれる!マジメな運転をしているとバ
カを見るのよね!あぁ腹立つ!ナンタラカンタラ・・・あなたに言ってスッ
とした!」スーパーの駐車場で、順路に沿って入れようとしている間に出
口から来た車に入られ、別の場所ではバックで入れようとしている間に後
から来た車に入られ、5分間も次のチャンスを待ち・・・散々な目にあったと
訴える妻。すっきりしてくれて良かった・・・後を引かないのが彼女の良いと
こなんですよね。今年もお世話になりました。ある意味、一番お世話になっ
ているかもしれない、のでお休み前に感謝の言葉を言わなくっちゃ。
 
 一年を締めくくる大晦日。皆さんお疲れさまでした。
 良い年を迎えられますように

 オッと、年越し読誦会はどうなる?・・多分この雪ですから今年のお参り
は少ないでしょう。夕方からは道路も凍るし、危ないです。初詣は足下に気
をつけて。一年間ありがとうございました。
 
12月30日(木)
 本家のお墓参りと歳末の挨拶に行ってきた。次男はしばらくぶりだと
言う。近くに行くまで「どっちの道だったかね?」と運転しながら私に聞
く。「そんなに行ってなかったかねぇ?」自分が、いつもお世話になって
いるので、そんなに我が子が本家と疎遠になってるなんて思いもよら
なかった。本家は、次男からみれば祖父の出た家。昔、叔父さんに弟子入
りさせられた父が、辛くて泣いて逃げ帰った家でもある。今は、イトコ夫
婦が愛犬と暮らすのみとなって、昔日の賑やかさは無い。
 私が子どもの頃は、正月休みや夏休みは必ず行って祖父から小遣い
をもらい、年の離れたイトコに川遊びに連れて行ってもらうのが最大の
楽しみだった。「じいちゃんの家に行ったら、朝は味噌汁の中に玉子が入
っている・・・」そんなことがうれしかった子供の頃。せっせと前の小川か
ら川ガニを捕まえてきて、足をもいで鶏に貢いでいた。今思えば、残酷
なことを平気でしていたよね。トンボを棒で叩き落すとかも・・・それも、人
と競ってとか命令されたからじゃなくて。
 思い返すと身震いがするけれど、「その残酷な性質(性格)をいつまで
表にさらけ出すか=出さない工夫=封じ込める能力」を学んできたのが、
人生のような気がする。そう考えると、何度も繰り返し同じような性犯罪
を繰り返してきた奈良の誘拐犯。良い学びが出来なかった、人生の良い
お手本が身近にいなかったのでしょう。今日、捕まりましたね。
 

12月29日(水)
 架空請求サギを扱ったTV番組で、記者の質問に業者が「俺たちは、
一般人より知能指数が高いから(サギで儲けても当たり前)・・・犯罪で、
何が悪い」と、開き直って答えていたのには正直驚く。
 そりゃ確かにヘッドはあくどい知能は高いかも知らんが、電話口の人
たちは所詮使い走り。「おこぼれ頂戴いたします」の口だろうに。アクセ
ク働くようなヤツはバカで、口先だけで美味しい汁を吸う者だけがもて
はやされる。勝ち組負け組みと色分けしてはやしたてる、週刊誌的思考
が染み付いている私たちの国の、醜い部分を一身に背負って偉ぶってい
るなんて、なんかカワイイ。学校時代、ズイブンと学力で先生や同級生に
いじめられたんだろうなぁ。「頭よ!アタマ!」ってなぐあいに。
 学校時代は学力で、世間に出れば経済力でしごかれた結果がサギの道、
かな?残念なことに、それを一概に批判できないくらい、経済的に豊か
な者と弁が立つ者が優れているとみんなが思っている。
 「そうじゃないよ」とわかっている人も、「な〜にもしなくても羽根が生
えたようにお金は飛んでいく」と嘆く。お金に羽根じゃなく、人に羽根が生
えてオマケに天使のワッカで飾られれば、どんなに良いだろう。
 お札も使い古されれば、リサイクルでチリガミになる時代、人も年取れ
ばリサイクルで天使になれるか?

 「我深く汝等を敬う 敢えて軽慢せず」 『常不軽菩薩品』より
 
12月28日(火)
 月参りに行って、威張って「暖かいですねぇ。お寺の梅がね、昨日一輪
咲いたんですよ!」と言ったら、すかさず「梅一輪いちりんほどの暖かさ」
と言われてしまいました。さらに「芭蕉?ですかね・・・」とまで。
正確には、
蕉門十傑とうたわれた「服部嵐雪(はっとり らんせつ)」の作らしいです。
私は「・・・ぬくさかな」と、間違って覚えていました(^_^;) 
 歳末 良い日和 ときたら大掃除ですね。今日は、シルバーセンター
のおばちゃん2人が庫裏の窓拭きで、ずいぶんときれいになりました。
 私らは本堂の窓枠拭きと墓地の清掃。見違えるように・・・って言いたい
けど、当寺の墓地くらい掃除が行き届いている墓地はこの辺には無い、
ので今日もきれい!くらいかな。
 その後に、小さなメダカ池を掃除していたら、あらまぁ!オタマジャクシ
がでてきた。井戸水が流しっぱなしだから冬でもちょっと温いはずだけれ
ど、蛙になれるのだろうかちょっと心配。暖かい環境にぬくぬくと包まって、
「大人になりたくな〜い」って、言うか?とりあえず、ホントの春が来るま
で今のままで冬を越さないと、池の外に出たら・・・死ぬね。
 「いつかは大人にならなくちゃいけないけど、今はその時期じゃない」
「じゃぁ、いつがその時期なの?」蛙の子も人間もぬくぬくした環境好きだし、
抜け出れないですよね。外は冬に向かいつつある・・社会も環境もね。

12月27日(月)
 梅の枝先が白く膨らんでいる、なんと!一輪の花発見。例年より2ヶ月
は早いんじゃないかな〜。豊後梅系の大きな実をつける木ですが、台風
にやられて根本から半分に裂けて倒れてしまったので、てっきり枯れる
ものと思っていました。
 庭師さんに片づけを頼んだら、「とりあえず、支えをして起こしてみま
しょう」ということになって、腕が良いのでしょう、しっかり花芽をつける
までになりました。今頃咲いても、「梅の花は春の雪にあうと実をつけな
い」と言われるくらいですから、多分来年の実の成りようは少ないのでし
ょうが、けなげに咲く姿は目に焼きつきます。
 私たちの、イワユル修行もそれに似た所があるのかなとか思いますね。
なんか知らんけど、あのぼんさんは一生懸命やっている。ひとつ応援して
やるか!っと、思われないようじゃ、まだまだ修業が足りんよ・・・・と。
 表紙の写真

12月26日(日)
 年末の夜警当番、酒が回り会話に花が咲き、「掛橋さんとこは八十八
ヵ所廻りなんかしないの?」と聞く人。私が答えるまでも無く、隣から
「なん言よ〜とかい。掛橋さんとこじゃあるもんか。四国は明王寺さん
とこバイ」同じ町内で、あちらは真言宗明王寺、こちらは妙榮寺。昔、40
年ほど前に寺名を変更するまで、当寺は妙法寺と名乗っていた関係で、
今でも混同する方が時々いるが・・・
 たぶん今回の質問はそんなこととは関係なく、お寺ならどこでもお
遍路さんや座禅はあるだろう?くらいの質問だろうと思う。法華経中
には、念仏も禅定も何度となく出てくる言葉だが・・・遍路はない。
 『僧侶とは』托鉢をし、口に念仏を唱え座禅を組み、時には滝に打たれ
うちわ太鼓を叩き?するもの、とのイメージがしっかりと焼きついてい
て、『修行への憧れ』があるらしい。テニス仲間でも、試合で初戦敗退な
どしようものなら、「妙榮寺で座禅組まにゃね」「うんにゃ、滝に打たれな
っ!」とくる。「どっちもしよらんばい。うちに来るなら、本堂掃除からね。
よろし〜く!」と言っても誰も聞いてくれない。「そんなんは修行じゃな
いよ。やっぱカッコよくないとね」「でもね、掃除は日々の積み重ねバ
イ」
 悩み深き人生を生きる我々。「この試合に勝たねば」と思うと、いらぬ
力が入る。本番では、練習の半分の力が出せれば勝てるそうな。その「半
分」すら出せない者が多分散っていくのだろう。今日の全国高校駅伝でも、
調子を崩してエントリーできなかったチームや途中リタイアした者があるコ
トを考えると、体をコントロールする心を鍛えるというのは、初歩の歩なの
かもしれない。
 心のコントロールは「意識の集中と放散のコントロール」って言いますね。
できてますか?出来てない人、いつでも我が門を叩いてください(*^_^*)
雑巾を用意して待っています。

12月25日(土)
 年賀状を書いていたら思い出せない字がある。嫁さんに「どんなふ
うに書くんだった?」と聞いたら、「ちょっと待って・・」と言いながら携
帯を操作し、「ほら!」と言う。「電子辞書は要らないかも」「うん、意味
までは出らんけどね」と続く会話でした。普通の辞書は字が小さくて、
老眼の入った目には結構大変ですもんね。「おさいふ携帯」も良いけど
「辞書携帯」もお願いしますメーカーさん。
 それで、やっと宛名だけは全部書き終えました。年賀状が終わったら、
次は新年祈祷会のお札書きになります。筆次第で気持ちよく書けたり、そ
うじゃないこともあるという程度の腕・・・書き終わった頃が一番筆のノリ
が良い(^_^;)上手く書こうとすればするほど、ダメですねぇ。先代は結構
いい字を書いていたと思うのですが、それでも「あまりうまい字で手紙を
もらうと、返事を書くときに困る」と言ってたことを思い出します。

12月24日(金)
 気のせいか町を通る車も多いような気がするし、段々気ぜわしくな
ってきましたね。皆さん方は、もうお正月を迎える準備万端整いました
か?
 この時期、今年家族を亡くした方はお正月の用意をどうしたものか?
と思われる方も多いようです。今日も、来年早々に3回忌を控えた方が、
「お仏壇の前の小襖を張り替えたいが良いですか?」と言う。「きれいに
されることは亡くなったお父さんも喜ばれるでしょうからどうぞどうぞ」
と答えました。「よくある質問コーナー」にも書いてありますように、新年
を迎えるお祝いと服喪は別のことですから、正月飾りも控えめにされる
ことは何も問題ないと思います。新しい年を迎えて、気も心も新たにして
前向きに生きていくことこそ先祖供養ですよね。但し、亡くなった方々の
ことは忘れないで。

12月23日(木)
 お天気が良いので?歳末のお墓掃除の方がちらほらみえます。水を
かけ丁寧にタワシでこすって雑巾で拭きあげる。お花で飾って、最後は
線香を上げて合掌して締めくくる。今年の報告か?来年も宜しくのお祈
りか?香の煙がゆらゆらと立ち昇って良い感じです。お墓掃除も大掃除
のメニューに加えましょう、パソコンの前のあなた!お墓は、外だけじゃ
なく中も見てくださいね。結露して上から雫が垂れていることが多いの
で、その時はきれいに拭いてください。

12月22日(水)
 次男が明日帰省する。選考レース後、右手の腱鞘炎で満足に練習が
できなかったらしい。レース直後は、「帰省したら高校の合宿に先輩とし
て参加して、大学生のレベルを教えるんだ」と張り切っていただけに、
彼もちょっと残念なことだろう。ケガも考えようで、「ボートもオフシー
ズンだから、ちょっと練習を休んで周りを見る期間」という風に思えれ
ば楽になるし、実際頑張りすぎたツケが体に正直に現れているのだろ
う。
 どんな競技でも、選手生命を台無しにする致命的な故障をしない練習
法を身につけないと、どんなに素質があっても選手としては通用しない。
ボートの場合では、腰を痛めて大会に参加できない者や低迷する者も多
い。筋トレでは、運動で必要な筋肉の種類と個人の状態を把握することが
大事だろう。やり過ぎない・・・ちょうど良いところを知るっていうと、仏様
の悟りに近くなるのだろうか。
 人にはやり過ぎないほうが良いと言いながら、正座とテニス・庭仕事
で酷使する私の半月板・・・整体に通って(ちょっと違和感があるものの)
正座も短時間ならできるくらいに回復しました。曲げ伸ばしが痛い時には、
もうこれから正座は出来ないんだろうか?とちょっと不安な時期もありま
した。随分と良くはなっているのですが、整体師さんには「筋肉をつけな
いとまた傷めますよ」と念を押されています。良い整体師にめぐり合える
というのは故障者にとって幸せかも。次男も明後日整体に行きます。

 世の中こころの闇を持て余して人に当る時代。こころは目に見えない
だけに体のようにすっきりと、とはいきませんね。私が良い整体師さんに
めぐり合えたように、我と他の心を整える器量を持ちたいものです。

12月21日(火)
 当寺の冬至は湯治場風に・・・「鍋じゃないっつうの!」と自分でツッコ
ミをいれつつ、庭先になっているカボスを、柚子の代わりに湯船に浮か
べてポチャンと浸れば良い気分になれる・・・今朝から柚子とかぼちゃの
ニュースが何回も流れています。縁起を担ぐだけじゃなく風邪の予防に
もグッドな柚子とかぼちゃ。土用の丑の日に食べるウナギと同じように、
「効果あり」とは昔の人は智恵が深い。お風呂に柚子を入れるようになっ
たのも、江戸時代の銭湯の薬湯からというし、キャッチコピーのセンス抜
群ですね。ただ、柚子もカボスもたくさん中身を絞りすぎるとチカチカし
て後が痛い。くれぐれもやり過ぎないように!

12月20日(月)
 大阪国際大学の女子学生グループが卒論研究で「男子学生の5悪を
『幼児的、バカ、無責任、無神経、うそつき』とまとめた。そのうえで、『大
人になりきれていない』という声が強いと分析している」 
 私たちは言葉遊びが好きだから、ひと頃流行った3高3Kのように、
「近頃の男子学生は5悪だ」と、女子学生の思惑に関係なく、言葉だけが
一人歩きするだろう。男子学生の5悪を言うなら、中年の男性は悪が幾つ
つくだろう?臭い、不潔とかイロイロな言葉がくっついて、7悪だ8悪だと
その一言で中年男性を表現しつくしたような気持ちになっていくに違い
ない。世の中、右を見ても左を見ても癒しブームなのに「言葉だけで人
を殺せる・・・」

12月19日(日)
 去年のこの時期は随分と寒かったらしい。外に置いてある軍手が凍っ
た、雪が降った、タイヤをスタッドレスに替えた・・・今年の陽気からすると
ウソみたいな話。それでも歳末は着々と訪れています。
 今日は、JRC恒例の年末餅つき大会。朝8時から40名ほどが集まって、
慣れない手つきでぺったんぺったんして、独居老人宅へ出来た餅を2名づ
つほどで配って行きました。そこで問題が、独居老人の確認となるわけで
すが、各町内の民生委員さんにお願いしても名簿を見せてもらえない。
昨今プライバシー保護や振り込め詐欺事件の多発などで、餅配りのよう
な善意の行いもとばっちりを受けています。どこで・誰が・どんな行いをす
るか、思いもよらない世の中。せめて私は私の道を歩ませていただける
ように、仏様にお願いしましょう。


12月18日(土)
 「暖かいですね〜」「寒くなったですよね〜」どちらにも「そうですね」
と答える私。同じ気温のはずだけれど、感じるものは人それぞれだなぁと
思う瞬間です。ただ年を取ると、寒い季節より暑いほうが良い、とはなる
ようですが。80・90のお婆ちゃんも「気持ちだけはいつまでも若いんよ!」
そのギャップをもてあます・・「諸行無常」こそが一番の悩みかもしれません。

12月17日(金)
 男の子は「蓮(れん)」女の子は「さくら」 今年の命名の人気トップ。
「蓮」は「逆境に負けない人間に育って欲しい」という親心を反映してい
る、とか(安田生命保険調査)
 公立学校の生徒の自殺者が5年ぶりに増加したという年に、逆境に負
けない強さと爽やかな花のような性格をあわせ持って生き抜いて欲し
い、というのは率直な親心。ハスは根を泥沼に下ろしつつ水面には爽や
かな花を咲かせ、その花は開くと同時に実をつけている、と言われる妙
法蓮華経(法華経)の名前のもとになった植物です。
 日蓮宗の宗門人的には「蓮」という漢字に親しみが持てるし、うれしい。
(でも、日蓮聖人のお名前の一字ですから、日蓮宗では僧名にはほとんど
つけてないですね。逆に真宗では、蓮如上人関係なのか多いような気が
します。)
 白蓮・青蓮・紅蓮とあるけれど、好みを言えば白い蓮でしょうか。紅蓮の
炎、というとわが身を焼く嫉妬や怒りの想いを連想します。
 表紙の画像

12月12日(日)
 全日本実業団女子駅伝での最後のデッドヒート、月並みですが手に汗
握って観戦。いや〜良かった!他人事ですからね。
 区間賞をとった京セラの選手が、インタビューで言っていた「会社の前
会長から言われた『気持の持ちようで人は変われる』との言葉を胸に走っ
た」激走も素晴らしかった。京セラ名誉会長と言えば、あの有名な稲盛和
夫氏の「動機善なりや、私心なかりしか」利益を追求する企業ですら人の
役に立つ事を念頭に置かねば成り立っていかない、というポリシーと実践
を、思わぬところで勉強させてもらいました。感謝!!

12月11日(土)
 次男が「来年度世界大会への強化指定選手選考レースで念願叶わな
かった。4日前に風邪ひいたことも自分の体調管理のミス・・」と電話して
きた。選考レースは全3回。すべて出場するも今1歩及ばず。家内には朝の
お勤めの前に「今日が最終日だからお願いね!」と念を押され、本人も
高校大学とやってきて、「今が一番練習できている」と言っていただけに
残念!
 日本ではマイナーなボート競技ではありますが、それでも上には上が
たくさんいる。「3ヶ月間、人の倍は練習した」と言うからには、来年良い形
で結果が現れる、と(親は)期待しています。やってみよう、やり遂げよう
という気持ち、大切ですよね。
 その自覚がなくっちゃ、武部幹事長の言う「自衛隊に入れば、サマワに
行けば人が変わる(かも)」じゃ、ホントの人間性も考え方も変わらない、と
思う。見掛けは変わるかもしれん・・・魂が捻じ曲げられて

 それにしても、政治家はたった5時間くらいの視察で「ここは安全だ!」
と言い放ち、「(日本の若者が)行けば人が変わるくらいの経験が出来る」
と言う。政治家にとって口くらい重宝なものはなく、その魂は軽い。

12月10日(金)
 我が家の畑は、耕しても耕しても小石が出てくる。こんな土に植えら
れていたのに、たくさんの実をつけてくれたトマトやピーマンに感謝!
レタスとカンランとブロッコリーの苗を頂いたので改めてクワを入れま
したが、鍬を振るたびにゴロゴロ・カチカチと出てくる出てくる小石たち。
支柱を立てるときに中々刺さらなかったわけが納得できました。「今、こ
の石を取っておけば後は植え込み時にちょっと耕せばいいだけだから」
と自分に言い聞かせつつ、膝も痛いのにモクモクと作業。霜も降らず暖
かいので、根付いて大きくなって欲しい。大根もまだまだ成長段階です
し、お楽しみは正月開けてからかなぁ?となれば、雑煮か・・・
 ある程度の年配の方でも「おせち料理は廃止したい」と思われている
方が多いとか。我が家では随分前からおせち料理なるものはありません。
毎週のように会席膳に座っていると、もうその手の料理は見るだけで結
構です・・となってしまいます、贅沢ですが。「お正月は雑煮とお屠蘇と黒
豆・田作り」で決まり、です。多分来年もネ。

12月9日(木)
 年の瀬になると、一日一日納めの行事やら今年最後の行事等がこな
されていきます。ということで、今日は宗務所で先師講(その年に亡くな
った住職・教師・奥様方の供養を、県内在住の僧侶が揃って営もうという
趣旨の法要)が開催されました。
 誰も、自分がこの世からいなくなった時の事を想像はしないと思いま
すが、伝えたいことや伝えるべきことをどう伝えていくか?「あんたは
どうね?」と、亡くなった方々から問われているような気がしました。
 私は・・・・今の道を行きます。

12月8日(水)
 今年最後の婦人会、さぁお経をあげるぞ!と本堂にあがってみると
見慣れぬ封筒が台の上にある。なんだろう?と思う間もなく、Mさんが
「そこに置いてあるのは年末ジャンボの宝くじ、当ったらお寺さんにもあ
げますね・・」と言う。みんなで拝めば当る確率も大きくなる、と期待して
の持ちこみか?家の仏壇の脇に置いてあるのはよくある風景ですが、お
寺に持ち込んでの祈願は初体験。Mさん、リキが入ってますね。
 お経には「仏難得値 如優曇波羅華 又如一眼之亀 値浮木孔 
而我等宿福深厚 生値仏法」(仏には会いがたし ウドンバラケや一眼
の亀が浮き木にあうように しかも我らは幸いにして 法華経にであう
ことができた)と言います。
 宝くじに当るよりも確率は低いだろう今生での自分の生涯、と思えば
《大事に大事に》生きていきたいものです。

12月7日(火)
 日曜日、大会に参加して張り切りすぎた・・・結果、わき腹や元々傷めて
いる膝などが悪化。やってる最中は痛くも痒くも無いけれど、やっぱり年
には勝てない、部分がある。
 そんな中で、試合後に気がついたことが、「試合に集中出来ている時は、
自分の聞きたい音や場面だけが入ってくる」というのがあります。まっ、
「雑音が気にならないというか、ふっと風景がスローで流れていくのが
目に入る」というような感じです。貴重な経験をさせてもらいました。


12月6日(月)
 「土鍋って凄いね、コンロからおろしてもぐつぐつ煮立ってるもんね」
と妻が友人に言ったら「それがっ土鍋やろ〜もん」と言われたとか。今
日、うちは鍋の日でした。寒くなってくると暖かい鍋物はい〜ですね。
野菜たっぷり食べれるし、用意にあんまり手はかからないみたいだし、
最高です。
 この間、嫁さんが昼過ぎから台所に立っているので周りをうろうろし
ていたら、「あなたは私が台所にいるとうれしそうね」と言う。それで、
「うん」と言ったら、その日はえらいきばって料理を作っていた・・・夕方
「あ〜今日は料理を作りすぎて疲れてしまった」と。「疲れるまで作らにゃ
良いとに」と思ったが、食べる時にはやっぱ一味もふた味もリキがはいっ
たものはおいしい。
 ウンと言ったのは(末っ子と一緒で)、妻が家にいて家族のために働い
ているのを見るのはうれしい、という意味ではあったが「余慶の功徳」っ
て言うもんでしょうかね。

12月5日(日)
 選良を自認する政治家が、政策を立案するために官僚を使う。その感
覚で防衛庁の制服組を登用する・・・学校で習った、シビリアンコントロール
は一体どこへ行ったのだろう?この国は、成文法の憲法よりも不文律を
重用する。結果、その時の権力者の都合でどのようにも使い分けられる、
と思いませんか?
 政治家のやり方を見ていると「学校で習うことと現実は違うよ」だら
けです。理想を追えない社会を作って何が面白い・・・

12月4日(土)
 触れてはいけない話題の中に《靖国神社問題》があるようです。出来
れば触れない方が・・・と言ってもいいかもしれません。ご主人や子ども
さんが戦死されて祀られているからという理由で、檀家さんの中にも、
靖国神社や護国神社に参詣することを楽しみにしている方々がいるこ
とは知っています。
 靖国神社を崇敬される方々は、「国の犠牲になった方々を神として祭っ
て何が悪い」と言います。そういう人たちは、外国でも無名戦士の墓な
どには元首がお参りするのが通例じゃないかと言い、日本の国のことは
自分たちで決めるよ、外国の言いなりにはならない、とも言います。

 @神として祀るA外国の例を挙げB反対するのは、内政干渉だと言う。
 @そもそもなぜ神として祀るのか?(答え)今までの例があるから。菅
原道真の天満様信仰や明治天皇、昭憲皇太后を祀る明治神宮の例
 Aでは、諸外国の無名戦士の墓は宗教施設か?
 B・・・・実際のところはわからない、そうなのかもしれん。

 そこで《疑問》@家庭で手厚く仏教やその他の宗教で祀られる諸霊魂、
ではいけないのか?Aわが国の無名戦士の墓は皇居傍の千鳥が渕公園に
ありB内政干渉されたくない何か隠された意図があるのか?こもごも思っ
てしまう。
 問題は、中国が言う「A級戦犯を合祀しているからいけない」ではなく、
《なぜ英霊という神様扱いをしなければならないのか》にあるわけで、仏
教家であるならばそこを問題にしなければならないと思う。ある週刊誌の
「靖国で天皇主催の慰霊祭を」と唱える禅僧のCM記事を読んで。

12月3日(金)
 年末調整の季節になり、保険の控除のお知らせが手元にあるので契
約をチェック!我が家のリストを作りました。家族のほとんどが郵便局の
簡易保険(^_^;)
 一番気になったのが入院特約の項ですが、よくTVやラジオでCM流し
てる「入院したら1万円!その日から」には足下にも及ばないことが判明・・・・
愕然としますね。妻と2人で「入院出来んね、こんなんじゃぁ」「でも、今か
らが一番可能性あるからね〜〜」「考えないかんね〜どうする?」
 《外資の個人保険契約高が日本生命を抜いた》という昨日のニュース、
我が家の保険を調べて見て理由がわかるような気がしました。
 ポックリ寺の看板を立てて、自分が一番にいけるように祈る・・・それも
ある種の勇気がいる気がする。

12月2日(木)
 月参りでのこと 4軒目では「声がとおりますね。どこかで修行なさ
ったんですか?」と言われ、次のお宅では「風邪引いているんですか?」
と言われた。同じお経を、同じ声で読んでいるつもりなのですが、聞く人
によってこんなにも印象が違うか?と思った日でした。
 声を出す、と言えば 今、千葉県の中山法華経寺では日蓮宗の荒行
が行われています。今頃、一回生は先輩僧から「声を出せ〜!!!」と
言われているのでしょう。朝3時から午後11時まで、お経の読誦と水行
(水をかぶること)に明け暮れる日々。「もう一度しろ!」と言われても
「いえ、結構です」と言いたくなります。
 今年、私と初行で一緒だった方が第4回目の行に入られています。ご
くろうさまです。何回も入られる方は「そこでしか学べないものがある
んだ」と言います。確かにそうかもしれません、人生学ぶことがたくさ
んありますから。学んだことを還元する、人の役に立てる気持ちが大切
ですよね。

12月1日(水)
 今朝は初霜観測、とりあえず私の目で確認した分ということで・・・
この間、前津江村で「(日田じゃ)霜はまだです」と言ったら、、「この辺
じゃ、もう2・3回は真っ白になった」と言う。標高差3・400メートルはある
んで当然かなぁ。
 その前津江村も来年3月には日田市と合併して新日田市へと衣替え。
今朝の新聞には「旧町村の社会福祉協議会職員、合併による定員削減
に対抗するため組合を結成。しかし、市長は団体交渉には応じないと回
答」と言う。平成の大合併が、市町村の職員等を減らしての財政再建の
ためならば、結果は目に見えている、はずですね。旧町村の役場を、支
所と言わず振興局と言いかえようとどうしようと、住民サービスの低下
は避けられない。
 人が減っていくっていうことは、全ての消費力が減るということ。消
費が減少すれば購買力も当然減って、経済はジリ貧状態になる?「所得
倍増」「消費は美徳」の時代に育った我々から見れば、そうなることは
かなり恐ろしい気がする・・・消費拡大、右肩上がりの経済こそ健全な姿
としか習ってこなかったわけですからね。これから先は、消費もエネル
ギーや環境とのバランスをどう取るかが課題ですから突拍子もないこ
とはできないし、今の経済状態・社会状態よりも良くはならないとしたら
・・・う〜ん!なんとかせねば!
 人が減っていくと、土地も余っていく。現に日田でも空き家や耕作放
棄の畑があちこちに目に付くようになっています。これを活かしていく
ためには、安く長期に借りられる税制とかが必要になってきます。政治
家の皆さん、長期にわたるばら色のビジョンを描いて見せてください。
「1億円をもらって忘れていた」ことは水に流しますから。
(先月へ)